地下鉄サリン事件当日の自衛隊で垣間見た「北朝鮮テロ」への心構え

大混乱の市ヶ谷で学んだこと
伊藤 明弘 プロフィール

「誰かが守ってくれる」という意識を変えよう

1995年3月当日の市ヶ谷内部の様子を初めて書いたが、その混乱ぶりを列挙したのは、何も自衛隊を批判したいがためではない。私の意図は、その真逆だ。

このとき、日本国内で起きた「大惨事」といえば、国民の意識にのぼるのは、直前に発生した阪神・淡路大震災だった。自衛隊でも、まだ対テロ意識が乏しかったのだ。

 

1995年というのは、冷戦が崩壊してから、まだ数年というタイミングである。その頃まではまだ、世界で起こる戦争・紛争は、超大国のパワーバランスの中でコントロールされていた。

現在のように、各地で資金力や兵力の乏しい「持たざる国」や、ISのような国の枠組みを持たない集団がテロを繰り返し、世界を脅かす時代の入り口の時期に、サリン事件は起きたと言ってもいい。

そして現在の北朝鮮もまた、ミサイルだ水爆だと、ごく一部の軍事技術には湯水のように資金を投下している一方で、全体としての国力は低い。実際に開戦したとなれば、比較的安価で、効果的に他国民を恐怖に陥れられるテロ攻撃を行うことは、当然ながら、彼らの作戦の視野に入っているだろう。

地下鉄サリン事件当日の市ヶ谷で、私が肌で感じたことは、不意をつき、思いがけない手段で攻撃してくるテロリストに対しては、実のところ、事件が起こってみたいと対処できないことが多々ある、という現実だ。一方で、そうした経験を踏まえて、対テロの備えは着実に進化している。

私たち一般国民の側としては、彼らの不断の努力に敬意を払いながらも、頼りきりになって過信もせず、また逆に、その実力を過剰に不安視することもなく、まずは「もし自分の身の回りでテロが起きたら、自分や家族はどうするのか」を自分なりに考えておくことが必要ではないか。

阪神・淡路大震災、東日本大震災、九州北部豪雨……。自然災害のたびに、地震国であり多雨の国である日本人が、自分たちの置かれた環境を見直してきたように、危機が高まっていると感じられる今だからこそ、ことが起こる前に、身の回りを見渡しておきたい。