IQ28障がい児の母が語る「小児病棟はシングルマザーだらけ」

病室から銀座に通う夜職ママも
伊藤 みかこ プロフィール

誰も話せるようにならないなんて言ってくれなかった

ユウゴくんの様子がおかしいと思い始めたのは、長かった入退院生活が終わった頃。いつまでも言葉が出てこないのは超未熟児で生まれたせいかと思っていたが、さすがに3歳、4歳になって言葉がないのは何かあるのかもしれない──当時、かかりつけ医として通っていた医療センターで相談した。

すると、同じ病院の脳神経科に回され、先生から返ってきたのは「大丈夫だよ。お母さんがそんなに心配しちゃうのが一番ユウゴくんにとってよくないよ」という一言。

 

「後で聞いたんですけど、医療センターの先生は小さな頃からユウゴのことを見ているから、生きている、生命に別条がないってことだけで『大丈夫』って言ってたんです。伝え方の問題だとは思うけど、でも、私はちゃんと(ユウゴくんの状態を)言ってほしかった」

大丈夫、とは言われたものの、目の前にいるユウゴくんは、肌がただれるほどのよだれを出し続け、歩き方もほかの子と違っていた。明らかに何かある。当時、すでに『ゲンキのモト』編集長として活躍していた伊藤さんは、そのつてで紹介された小児科の開業医のもとへ。

「(ユウゴくんは)脳が萎縮しているから、多分二度としゃべれない」──その医師は、持参したMRIの画像を見て、はっきりと告げた。ユウゴくんの脳を撮影した画像から判断すると、今歩いていることすら奇跡だと言われ、このまま歩かせ続けること、そして療育を勧められた。

「医療センターに4年も行っていましたけど、一生歩けないかもしれないとか、しゃべれないかもしれないとか、そういう具体的な話をしてくれた先生って1人もいなかった。そういう(言いにくいことをはっきり言ってくれる)隠れた名医って実は開業医にいたりするんです」

生まれたばかりの頃も、超未熟児ゆえになかなか診てくれる病院が見つけられずに奔走した。超未熟児と聞いて門前払いにあったことも、「薬を出すだけなら……」と消極的な医師もいた。実はNICU(新生児特定集中治療室)での勤務経験のある隠れた名医もいた。しかし、こういう情報は病院の標榜する診察科目からは分からない。

こういった経験を通して、本当に必要な人によい医師・病院の情報は届いていないと実感したことも、伊藤さんが『ゲンキのモト』を続ける大きな動機の1つになっている。

〈後編に続く〉

『ミカコ20歳』から10年。専業主婦、働く母、超未熟児ママ、シングルマザー、再婚までの話!ゲンキのモト編集長の幸せの見つけ方。