遠隔で触覚を伝える新技術「ハプティクス」。これを使うとどんなことができるようになるのか? 社会はどう変わるのか? 開発者の大西公平先生(慶應義塾大学教授)に、作家・海猫沢めろんさんが聞く科学ルポの最終回です。
〔→第1回はこちら gendai.ismedia.jp/articles/-/52456〕
学生時代にリニアモーターカーの研究をしていたという大西先生。
なぜそれがリアル・ハプティクスの研究につながるのか。
「リニアは車輪がないわけですよね、そうすると線路の状態が重要です。上下、傾き、ねじれ、それと車両の運動を対応させないといけないわけです。
そのためにどうやってやったらいいかというと、アダマール行列というのを使ってから変換するんです。それがぼくがずっと研究していた内容で、大学を卒業するときにやめたんです」
そのアダマール行列って、前にリアル・ハプティクスのところでも使われているとお聞きしたような…。
「そうなんです。30年後に突然、ここだけが出てきて、『青春はどっかに捨ててきたはずなのに、どうしたんだこれは?』と本当に思いました。ぼくはグルーっとまわって元のところに戻ってきたわけですから、いったいおれは進歩したんだろうかと最初は本当に思いました」
あるジャンルに特化すると、他の技術がわからなくなるというのはありがちだ。
数学のポアンカレ予想を解くのにペレルマンが熱力学のテクニックを使ったという話があるように、違うジャンルを知ることで開ける道もあるのだ。
しかし、先生が現在の研究所へ移ったきっかけはなんだったのだろう。
「それは医学部から『お腹の中に入れるんだけど、ダヴィンチ(注:手術支援ロボット。術者は3Dモニター画面を見ながらロボットアームを操作して手術を行う)は危ないから、力覚を持ったのを作ってくれよ』と言われて」
作ってほしいと頼まれて作った遠隔操作手術アーム。その精度はできた時点でダヴィンチを超えていた。ところが日本の厳しい基準によって、実用化には至らなかったという。惜しい話だ……。
リアル・ハプティクスの技術を応用してなにか面白いデバイスが作れないだろうか?
ぼくはこれを使ったスーツがあると面白いと思った。完全に同期するエヴァンゲリオンみたいなロボットもいいが、スーツを着て動くとミラーリングする等身大のコピーロボットのようなものも面白いだろう。
「確かにそれはいいかも知れません。繊維状の服とかね。筋肉って、リニアモーターの原理そのものだから、それがミクロなものでできればいい。自分が機械なのか、機械が自分なのかわからなくなるような、機械と人間が表裏一体のデバイスができるんじゃないかな。
たとえば実験で右手と左手を動かしたでしょ? で、だんだんだんだん、出力を3倍にしたり、0.5倍にしたりしたじゃないですか?」
そういえば、たしか最初に研究室で鉄の棒を動かしたとき、その横に力を制御するコンピューターがついていたのを思い出した。それを操って、僕の入れた「1」の力を3倍にしたり、逆に減らしたりする実験をした。自分が少ししか力を入れていないのに強い力が出たり、逆に力を入れても少ししか伝わらなかったり……。
「あれ、最初は、慣れなかったでしょ。でも、慣れたらどうなります? こっちが3分の1の力で、こっちは1でいいわけですよ。もっと慣れたら? 1対100にしたら、ちょびっと動かしただけでぜんぜん問題ないわけですよ。
そうするとね、だんだんどっちを動かしているのかわからなくなる。あれを本当の機械にして慣れると、その感覚は、自分と機械がほとんど一体化したような感覚になるんじゃないでしょうか」
野球選手はバットをふくめて自分の腕のように感じているらしい。同じようにF1レーサーも機械を自分の身体のように感じられることがあるそうだ。
彼らの脳の中には「動き」の運動モデルが形成されている。もし機械と腕を含めて脳の中に運動モデルがつくられたなら、それは人間の脳が機械を「身体」だと認識してしまっていることになる。
つまり、身体感覚の拡張が起こっているのだ。
そうなってくるとぼくらの身体の概念も変わってくる。機械の身体を本物のように感じられる日も近いかも知れない。