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旅と遍路は、人を乙女にする

そして僕は四国遍路を巡る ②
白川 密成 プロフィール

ふと石畳に目を向けると、僕の住職を務めている栄福寺にも、頻繁にたびたび訪れる顔見知りのお遍路さんが、ここ観自在寺でも祈りを込めている。少し迷ったが、声はかけない。

写真:著者提供

お寺を歩いていると、小さな仏様や新しい石像、弘法大師と次々と目が合い、自分の中で眠っていた「柔らかな仏」のようなものが、やんわりと掘り起こされるような気持ちになる。

写真:著者提供
写真:著者提供

四国遍路では、多くのお遍路さんが、本堂、大師堂でお経を唱えた後、納経帳(のうきょうちょう)に、宝印(朱印)と墨書きで本尊名(「薬師如来」等)やお寺の名前を書いて頂く。これは本来、札所に経をおさめた証としてお寺が書くものである。これは普段、僕も仕事でしていることだけど、今日は自分も書いてもらいに納経所を訪れる。

納経帳を受けとると、書き手の男性が、僕の顔をまじまじと眺め、

「あなた、顔がまん丸ですね! 言われませんか?」

と声をかけてくる。表情からすると、本当に心底、驚いているようだった。

「そういえば似顔絵を描かれると、横に長いですね」

と答えると、

「いや、本当にびっくりするぐらいまん丸ですよ!」

と感嘆している。

(そうか。そんなにも僕は顔が丸いのか……)

という深い気づきを胸に遍路、最初の寺を後にした。

 

お寺で販売していた「南無阿弥陀仏」と木綿の布に刷られている「名号宝判」を欲しくなったが、「先も長いし」となんとか物欲(仏欲)を押さえる。

写真:著者提供

遍路を始める前には、「死と向かう」「生を見つめる」のような壮大なことを考えていたが、そこにあるのはどこかカジュアルな、普通の生活の中の祈りと仏であり、だからこそ四国遍路には、多くの人が集まるのかも知れない。

僕には5歳と2歳の娘がいるけれど、ある日、寺から出かける時に、「がんばってくるね」と声をかけると、長女が僕の顔をみながら「がんばらないでね!」とニコッとわらった笑顔をなんとなく思い出していた。

〈次回に続く〉

24歳、突然、住職に。仏教は「坊さん」だけが独占するには、あまりにもったいない!笑いあり、涙あり、学びあり!大師の言葉とともに贈る、ポップソングみたいな坊さん生活。