人工知能がつくった作品に、はたして「著作権」は認められるか?

本気で考えるべきロボットの権利と責任
金井 良太 プロフィール

AIはクリエイティブなのか

金井:人間が気づかない新しい可能性を見つけ出すためにAIを利用するということですね。そうなるとクリエイティビティとはいったい何なのでしょう。

我々人間が考えつかなかったような可能性を示すのはクリエイティブだと思いますが、もしかしたらすでに学習した情報構造の範疇の中で限られた生成をしているようにも思えます。

AIがクリエイティブだという考えは、クリエイティビティこそが人間らしさであると考えている人にとっては受け入れがたいかもしれません。

エリオット:確かにその通りです。AIがクリエイティブであるということについて懸念を抱く人はいます。私が気に入っているクリエイティビティの定義は、オリジナルであることかつ価値がある新しいものを生み出すことです。

AIがクリエイティブな方向で作り出したものについては、画像や詩の言葉などは確かにオリジナルだと認められるものはあるでしょうが、問題はそれに価値があるかというところなのです。

そこに力強いコンセプトがあるのか。AIが作った絵や言葉に強い感情を喚起することができるのか。

これは難しいですが、アートを鑑賞するときには、絵や言葉というのは芸術家や著作者の持っているメッセージを鑑賞する側をつなぐための媒介(メディア)としての役割を果たしているのです。

作家が劇を書いたり、芸術家が彫刻を作ったりする場合、そこには伝えようとしているアイデアやコンセプトがあるでしょう。

それを鑑賞する側は必ずしもその全てを理解するわけではありません。著者や作家自身でないのだから本当の意図はわかりませんし、文化的背景やアートについての理解の仕方も違ってきます。

だから、鑑賞者は自分自身の思うところや感覚や過去の経験を、芸術作品に投影して理解しようとするのです。

このため、芸術作品の持っている意味は変容します。AIによって作られた作品には、人間の芸術家が持っているような「意図」が欠落しています。

それにも関わらず、AIの作り出した作品を鑑賞する人は、自分自身の記憶や過去の経験を通して、作品を楽しむことができます。私はそういう風に考えています。

 

金井:AIの作品を楽しむかどうかは、鑑賞する側に依存するということですね。確かにAIの生成するコンテンツには意図が欠けているように見えます。

それでも、それを鑑賞する人にとっては関係なく、場合によっては楽しむことができる。ある意味、人間の作ったアートを鑑賞するときでも、アーティストの本当の意図はわからないけれど、それでも楽しんでいることに似ていますね。

エリオット:まさに、そういうことです。