衰退する日本で、商社だけがなぜ「勝ち組」になれたのか

総合商社の不思議
小林 敬幸

会社の存続という点では、売上よりも、当期純利益(税後利益)がよほど重要で、存続可否に直結している。今回の東芝の件をみても分かるように、日本の上場企業が存続しつづけるには、監査を受けた有価証券報告書で提出する当期純利益の数字が、会社の存続に最も直接的に影響を与えるのだ。

純利益の算出は複雑な計算を要するにもかかわらず、商社が末端の現場レベルでもそれを指標として受け入れたのは、やはり従業員が「存在が否定される危機意識」を持っていたからだ。これが、デュポンやGEなどが提案するような、こじゃれた経営指標が現場に定着しないのに、商社において連結税後利益が現場に定着した理由ではないだろうか。

 

損失は「早めに、大きめに、明らかに」

1990年代のバブル崩壊の後処理に追われるなかで、商社社員の考え方が、「競争に負ける危機意識」から「存続が否定される危機意識」に変化していったことは、近年の商社の損失処理の手際のよさにもつながっているように思われる。

バブル崩壊後の破綻した金融機関や、最近、破綻した(元)優良企業を、商社との比較でみていると、失敗をした後の処理がどうも下手にみえる。ずっと何年も明るみにせず、歴代社長につないでいた損失案件が、とうとう破裂してしまって会社が潰れるという例が多い。

一方で、各商社は、数年に一度巨額の償却案件を出し、大きな損失をだす。それでも翌年には、従前以上の利益水準に戻してくる。最近の商社の損失処理は、早めに大きめに明らかにする。

その際、業界内での地位が危ないとか、会社あるいは個人が競争に負けるとかは、かまっていられない。損失事件が起きても生き残るためには、「早めに、大きめに、明らかに」が最善の道だと、社長から末端現場まで苦い経験の末に骨身にしみて理解しているからだ。

だから、社長交代のときに秘密の損失を引き継いだりせず、社長が勇退したときでも巨額の減損を計上することさえよくみられる。こういう社長は、最終年に花道として好業績をだす社長より、社員からは好意的にみられる。これは、商社が、長年にわたって損失案件をたくさん処理しているという、あまり自慢できない歴史故であるが。

結局、商社が「ポストバブルの勝ち組」になれたのは、これまで繰り返してきた通り、現場末端の社員が、客先と会う中で毎日のように深刻な危機意識を心に刻み込んだからである。

その危機意識は、競争を志向した浅い危機意識ではなく、存在を志向する、存在そのものへの深刻な危機意識であった。この外から刻み込まれる、存在そのものへの強い危機意識は、業績評価の基準変更をきっちりと定着させ、損失処理への対応力を増し、全社における業態の変革と急成長を生み出したのである。

「課題先進業界」である商社の経験を、「変わらなきゃ、変わらなきゃ」と思いながらも変われない官民の組織変革に活かせないだろうか。

小林敬幸(こばやし・たかゆき)1962年生まれ。1986年東京大学法学部卒業後、2016年まで30年間、三井物産株式会社で勤務。「お台場の観覧車」、ライフネット生命保険の起業、リクルート社との資本業務提携などを担当。著書に『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『自分の頭で判断する技術』(角川書店)など。現在、日系大手メーカーに勤務し、IoT領域における新規事業を担当。