「稲田朋美」とは何だったのか?もてはやされた「保守政治家」の凋落

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後藤 和智 プロフィール

次に、多次元尺度構成法を使って、使われ方の近い単語を調べてみました。

ここから単語をカテゴリーに分けると次のものになりそうです。

それぞれの単語を含む文の割合について見たのが次の図及び表です。なお掲載誌については、『正論』は当選前と当選後に分けました。

図3
図4

まず時期で見ると、第1期はカテゴリ1、第2期はカテゴリ3、第3期はカテゴリ4の単語の使用頻度が大きいことがわかります。

この流れから、稲田氏は当選前においては種々の裁判から社会などを語る論客として扱われてきたのが、小泉政権下で政治家になると、自民党の中でも特に右派的な傾向の強いグループに属する論客として保守思想的なものを中心に扱うようになり、そしてそのグループの政治家であり、そして『正論』まわりの文化人でもある安倍氏が首相になってからは、自民党のあり方について論じる政治家兼論客として扱われるようになるという流れが見て取れます(第4,5期についてはこれといった特徴は見られなかった)。

 

このことから、稲田氏は安倍氏も属する自民党の中でも保守的傾向の強いグループの理論的支柱として『正論』『WiLL』で活躍してきたことが伺えます。稲田氏が安倍首相の「お友達」のように見られるのは、このような背景も考えられるべきでしょう。

また掲載誌で見ると、当選前の『正論』はカテゴリ1と5、当選後はカテゴリ4、そして当選後に頻繁に登場するようになった『WiLL』においてはカテゴリ3の使用頻度が多くなっています。

ここでは、稲田氏は『正論』では思想的な話題を中心に取り扱いつつも、他方で『WiLL』において「百人斬り」裁判や南京大虐殺否定論を政治家として語っていた、ということが言えます。