「稲田朋美」とは何だったのか?もてはやされた「保守政治家」の凋落

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後藤 和智 プロフィール

「正論文化人政治家」として

かつて「朝日・岩波文化人」という言葉がありました。これは、朝日新聞や岩波書店の雑誌『世界』などに頻繁に登場するような文化人で、「進歩的文化人」などとも呼ばれます。

ここで使う「正論文化人」というワードは、それをもじったものです(特段私のオリジナルというわけではなく、この言葉はネット上などでたびたび使われてきたものです。例えば、菅野完氏はTwitterで「産経・正論文化人界隈は、見事にソーシャル原理で動いてます」と発言)。

『正論』は1973年に産経新聞社が創刊した雑誌で、当初は季刊誌でしたが1974年5月号から月刊になりました。創刊時のキャッチコピーは「スカッとした切れ味!流動時代をリードする国民雑誌が登場しました」。

当時産経新聞社の社長であった鹿内信隆氏は、《野党イズムの行き過ぎが、いまの過激な反体制運動を助長したり、何でも反対という非建設的ムードをあおったりしているような気がしてならない》《新聞界の偏向に対する私なりの一つの挑戦》と創刊の辞に記しました(上丸洋一『『諸君!』『正論』の研究——保守言論はどう変容してきたか』(岩波書店、2011年))。

 

『正論』誌と安倍首相の関係について見ていきます。国会図書館のデータベースで「安倍晋三 正論」で雑誌記事を検索すると35件ヒットしますが、そのうち『正論』に掲載された安倍首相のクレジットが入っている記事は23件(2017年9月12日現在)。

最も古いのは2002年8月号に掲載された、保守系のキャスターである工藤雪枝氏との対談で(「憂国対談 またまた「空気」に押しつぶされた正論」)、当時安倍氏は内閣官房副長官でした。

最新の記事は2017年9月号で、「「正論」懇話会」での講演の全文が掲載されており、安倍首相の『正論』界隈での影響力が未だに強いことが伺えます。

〔PHOTO〕gettyimages

安倍氏関係の記事によく見られるのは、寄稿よりも対談が多いことです。

その相手も野田聖子(2003年8月号)、荒井広幸(2003年12月号)、古屋圭司(2005年1月号)、山谷えり子(2009年2月号)などといった自民党を中心とする政治家や、中西輝政(2004年7月号)、櫻井よしこ(2008年9月号など)、新保祐二(2010年2月号)、金美齢(2010年4月号)などといった保守系の文化人など多岐にわたります(敬称略)。

また安倍首相について論じた記事も少なくなく(例:西尾幹二「安倍晋三氏よ、「小泉」にならないで欲しい」2006年10月号、遠藤浩一「安倍晋三--経綸と政略の狭間で」2007年4月号、潮匡人「保守の星、安倍晋三は何をボヤボヤしているのか」2012年7月号)、『正論』が安倍氏をいかに重要視していたかが分かるかと思います。