対馬のカワウソが、どうやらニホンカワウソではなさそうな「事情」

生物の「領土問題」は難しい
青山 潤三 プロフィール

日本本土産のカワウソに関しては、「北海道産から対馬を含む九州産まで全て遺伝的に多くの共通点があり」、かつ「大陸産とは明確に異なる」という報告があります。しかし一方で、ミトコンドリアDNAの分析によれば、「ニホンカワウソ」とされる集団のなかにも、地域によって(例えば神奈川県産の個体標本を使った研究で)どちらかというとユーラシアカワウソに近縁な個体も見つかっています

そうなると、「ニホンカワウソ」がひとつの独立した種か否か、という根本的な部分からして曖昧になりますから、「ニホンカワウソかユーラシアカワウソか」という命題自体が成り立たなくなってしまいます。

 

そのうえ、「ユーラシアカワウソ」に関しても、複数の地域集団(亜種)の複合体である可能性があります。対馬産カワウソの比較対象とされる朝鮮半島産カワウソは、現時点では事務的に原名亜種「ユーラシアカワウソ」に含められているとしても、実際にはヨーロッパに分布する原名亜種とはDNAも異なる部分が多いので、全く別の分類群に置かれるべきでしょう。和名をつけるとすれば「タイリクカワウソ」あるいは「チョウセンカワウソ」としておくのが妥当なように思われます。

対馬産の生物には日本本土系よりも大陸(朝鮮半島)系の生物が多いこと、また残されたフンの分析結果はユーラシアカワウソに準じるという報告があること、さらにニホンカワウソが(おそらく一旦は)絶滅した生物であること、それに対して広義のユーラシアカワウソは今も各地で繁栄を続けているらしいことなど、これまでに判明している数々の状況証拠を総合して考えれば、対馬産カワウソは「ニホンカワウソ」ではなく、「ユーラシアカワウソ」系である可能性が、限りなく強いと思われます。

「カワウソがいる」だけで素晴らしい

とはいえ、広範囲に分布する近縁種間や同一種内の亜種レベルの関係は、きわめて複雑に入り組んでいますし、また種や亜種の定義は、前述したように研究者の胸三寸に委ねられる部分もあります。「ニホンカワウソなのか、ユーラシアカワウソなのか」「在来分布種なのか、移入種なのか」といった議論がなされたからといって、その生物の「価値」が上がったり下がったりするわけではありません。

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佐渡からトキが姿を消した際には、中国の秦嶺から日本に個体を移入して「復活」を遂げました。鳥の場合は他の多くの生物と異なり、飛んで移動することを含めて「分布」の概念が成り立っているので、「在来種」という定義をあまり厳密に考える必要はないと思うのですが、わざわざ他から移入するというのは、個人的にはあまり望ましいこととは思えません。トキが姿を消したのは人間の責任なのですから。

しかし、移入によるトキの復活自体には(生物学的に)特に大きな意味がないとしても、日本でトキが棲めるような自然環境を取り戻すことには、非常に大きな意義があるでしょう。

対馬の河川も、訪れたことのある人なら分かると思いますが、素晴らしい環境が保たれています。「対馬にカワウソが棲息している」という事実だけでも素晴らしいことだと思います。それがニホンカワウソであろうがユーラシアカワウソであろうが、よしんば朝鮮半島からのごく最近の移入個体であろうが、「カワウソが棲める環境が対馬にはある」ということだけでも、誇るべきことだと思うのです。