対馬のカワウソが、どうやらニホンカワウソではなさそうな「事情」

生物の「領土問題」は難しい
青山 潤三 プロフィール

もちろん、対馬に棲む生物なら何でも「日本本土にはいないが、朝鮮半島にはいる」というわけではありませんし、その逆のパターンも数多くあります。また、日本・対馬・朝鮮の各地域にまたがって分布する種も多数存在します。それらには、日本と朝鮮どちらかの地域と共通の特徴を持つ集団もあります(例えば、対馬のツクツクボウシの鳴き声は日本本土タイプ、ミンミンゼミの鳴き声は朝鮮半島タイプ)。

 

「フィーバー」とは裏腹に

かつて、1965年に南琉球の西表島でイリオモテヤマネコが発見された時には、社会現象といえるほどの大騒ぎになりました。日本には対馬にしか棲息しないと信じられてきた野生のヤマネコが、よりによって九州をはさんで反対側に位置する西表島で見つかったからです。

第一発見者が著名な作家の戸川幸夫氏であったこと、また本種が西表島の固有種であることはもちろん、世界のどこにも近縁種が存在しない原始的な種であると当時の哺乳類分類学の権威により認定されたことも、フィーバーに拍車をかけました。これをきっかけに、西表島や石垣島に棲む他の生物も、同地に固有分布する原始的な生物として図鑑に記述されるようになりました。

しかし、このような「新種発見」の喧騒に対する反論もありました。特に海外のヤマネコ研究者からは、「イリオモテヤマネコが特殊に見えるのは、単に外観の2次的な変化によるものであり、本質的には近隣地域の台湾や中国南部に棲むベンガルヤマネコと同種なのではないか」という意見が複数出されました。しかし、そうした意見は時代の空気の中で無視されてしまいました。

イリオモテヤマネコやツシマヤマネコは、(専門家でない)日本人の目からすれば、あたかも「西表島や対馬に特有のヤマネコ」のようなイメージがあります。しかし、これらは縷々ご説明したように、東アジアに棲む生物と「同じ種の一地域集団」にすぎません。

日本の他の地域には、イリオモテヤマネコやツシマヤマネコよりも「固有」の度合いが大きい生き物もいます。中琉球に棲むアマミノクロウサギ(奄美大島、徳之島に生息)やノグチゲラ(沖縄本島北部に生息)は、数百万〜数千万年前に種として分化しており、世界のほかのどの地域の種とも関連性がほとんどない「究極の固有種」といえる生き物たちです。しかし、知名度となるとそれほどではありません。

国立科学博物館所蔵のアマミノクロウサギの剥製(Photo by Momotarou2012, CC BY-SA 3.0)

ここまで取り上げてきた生物は、中には絶滅に瀕しているものもありますし、いずれも「希少」であるという点では変わりません。ですが、大陸に棲む生物の「地域個体群」に過ぎないイリオモテヤマネコやツシマヤマネコが必要以上に注目され、「究極の固有種」といえるアマミノクロウサギやノグチゲラが見過ごされがちというのは、人間の勝手さを思わずにはいられません。

「状況証拠」から考えると…

さて、ここまで長々と解説してきましたが、結局のところ、対馬にいたカワウソはニホンカワウソなのでしょうか?

留意しなければならないのは、これまで分布パターンの実例として取り上げてきたツシマヤマネコやタイワンモンシロチョウ、ヒトツバタゴなどはすべて東アジア周辺に生息域が限られている生物である一方、カワウソは東アジアだけではなくユーラシア大陸に広く分布している点です。

このような分布パターンを示す生物の分類を考える場合、例えば東アジア産とヨーロッパ産が同一の分類群か否か? という議論はほとんど行われていません。日本の研究者は日本産の生物を、ヨーロッパの研究者はヨーロッパ産の生物をそれぞれ事細かに調べ上げはするものの、どちらも海外の状況まではあまり手が回らないのが実情です。そんなわけで、全体を包括した俯瞰的な取りまとめがなされていないのです。