男性として生まれたものの自らの「性別」に違和感を覚え、同性愛、性同一性障害など、既存のセクシャルマイノリティへ居場所を求めるも適応には至らず、「男性器摘出」という道を選んだ鈴木信平さん。そんな鈴木さんが、「男であれず、女になれない」性別の隙間から見えた世界について描いていきます。今回は鈴木さんにとって憂鬱な一大イベント「健康診断」について大いに語ります。
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これだけは最初に、はっきりと宣言しておきたい。
断じて性的興奮ではない。
まさか下半身にも独立した意志があるなんて話ではなく、これは純粋に、頭にある脳が想像して、夢見たということ。
魔が差したと言うような背徳感はなく、積年の願いと言う程の思い入れもない。
ふと、試してみただけのこと。
「もしや、これって!」とひらめいただけのこと。そしたら思いの外、楽しかったという話。
まだ私の体が男子だった頃。
手元にあったのは、友人から誕生日にもらった泡風呂になる入浴剤。どうせ靴下を履いてしまうのだからと強気に塗ったのは、真っ赤なネイル。そもそも豪華ではない体毛は、日常からキレイに処理していた。
説明書きに従って、バスタブに少しお湯がたまったころに入浴剤を入れ、勢いよくお湯を足していく。場合によってはシャワーを使って水面を躍らせてもいい。
あっという間に、溢れそうなくらいの泡がバスタブを埋め尽くしていった。
ちなみにこういう時は、出来る限り本気になった方が面白い。
キッチンの奥から結婚式の引き出物でもらったシャンパングラスを引っ張り出して、その中に冷蔵庫の中にあるレモンサワーを勢いよく注ぐ。シャンパンが冷蔵庫に常備されているような生活は送っていないから、ここばかりは代用品で仕方ない。
伸びた髪は高い位置でラフに束ねて、多少は襟足におくれ毛が流れるようにする。ちょっと色気が増したような気がして、テンションが上がった。
言葉にならない英語の歌を鼻歌交じりに歌いながら、つま先を意識して私は泡風呂に足を入れる。首まで泡の中に沈んだなら、真っ赤に塗った足先を視線の先に泡の中から少しだけ覗かせて、シャンパングラスに注いで持ち込んだレモンサワーを一口含む。
気分はマリリン・モンロー? 『プリティ・ウーマン』のジュリア・ロバーツ?
あぁ、この「ごっこ」は、思った以上に楽しいっ!!
そんな楽しみから数日後のこと。
私は健康診断を受けるクリニックの男性用更衣室で靴下を脱いだ瞬間に硬直し、一気に赤く色づいたであろう耳を、伸びた髪で必死に隠していた。
失敗した。
今日が健康診断であることと、私の足の爪が真っ赤であることがこんなところで密接に関係していることを、私は愚かにも想像できずにいた。
しかもクリニックのスリッパがもれなくオープントゥという悲劇。検査着に着替え終わるのと時を同じくして、逃げも隠れもせず健康保険証の性別と足先の色に大きなギャップを展開していた。
変な目で見られるかもしれない。ただ、不安に支配されていた。