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【初公開】オウム最高幹部から公安デカへの手紙「ありがとう…」

ある公安警察官の遺言 第10回
竹内 明 プロフィール

古川原は刑事部からの協力を得ることを諦めて、京都の太秦に行った。井上嘉浩の基礎調査からはじめたのだ。

実家を訪ねると、オウムの在家信者である井上の母親は一切の協力を拒んだ。

「何故、警察がうちに来るんですか!」

完全に門前払いされた。古川原はドアを押さえて母親に語り続けた。

「お母さん、罪を憎んで人を憎まずです。嘉浩君のやったことは悪いことだが、人間的には理解できるんじゃないかと思っているんです」

何度も通ううちに雑談ができるようになり、3日目にようやく自宅に上げてくれた。父親は旅行会社に勤務しており、井上は次男坊だった。古川原は、母親からじっくりと話を聞き、生い立ちを頭に叩き込み、小学校の頃の作文まで読み漁った。

 

井上は京都の名門私立・洛南高校在学中にオウムに入信、高校卒業とほぼ同時に出家、入学した東京八王子の日本文化大学を半年で中退していた。

「学歴主義の教団にあって、井上は一流大学出でもないのに出世した。なぜ井上が麻原の狂信者になり、非合法活動を任されるまでになったのか。俺はヤツの原点を探りたかった」(古川原)

井上の父は、海外旅行担当の添乗員で、家を空けることが多かった。母はストレスで体調を崩して、息子たちに辛く当たることも多かったと言う。

そんな中、母親がある日、自殺未遂を起こす。当時小学生だった井上は授業の途中、学校から走って自宅に戻り、ガス管を咥えている母親を発見した。

「僕は何かを直感した」井上は帰宅した理由を両親にこう話したと言う。

井上は近所の道場で空手を習っていた。稽古中に急所蹴りを入れられた井上が、帰宅後に40度の熱を出したこともあった。3日間熱が下がらず母親が困っていたとき、井上少年は奇妙なことを言い出した。

「今お告げがあった、へそ下10センチのところを暖めれば熱が下がる」

母親がその通りにすると熱が下がったという。

これらの体験が、井上がオウム真理教に走った原点だと古川原は判断した。

井上が陸上競技をやっていて、走るのが速かったことも知った。古川原は陸上競技の名門校出身で、駅伝の選手だった。高校2年のときには全国高校駅伝でアンカーを走り、優勝した経験があった。唯一の共通の話題をもって突破口にしようと考えた。

だが基調を終えた古川原が大崎警察署に留置されている井上に向き合うと、完全黙秘だった。いくら話しかけても雑談にも応じない。唯一の共通の話題だった陸上競技の話をしても、一切反応はなかった。

捜査一課の調べには素直に喋ったはずの井上が、古川原には一切口を開かないのである。古川原は井上を「ヨシヒロ」と呼び、何日間も一方的に話しかけた。

「お母さんが自殺をしようとしたことがあったらしいね」

世捨て人のように自分の殻に籠もる井上に、古川原は静かに語りかけた。

「俺も小学校1年生のとき、一家心中直前までいったことがあるんだよ」

井上は黙って、古川原の話を聞いていた。

第11回はこちらから

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