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【初公開】オウム最高幹部から公安デカへの手紙「ありがとう…」

ある公安警察官の遺言 第10回
竹内 明 プロフィール

古川原は筆者にこう語った。

「極左活動家やオウムの連中のような思想犯は黙秘するのが当たり前だ。憎しみや怒りをぶつけるだけじゃなくて、自分の人生の全てをぶつけて話していくうちに、相手の心も動いてくる」

人生の全てをぶつける――。

このあと古川原は、さらなる難敵と向き合い、自分の人生をぶつけることになったのである。

立ちふさがった刑事部の「怨念」

次なる取り調べ対象は、オウム真理教諜報省大臣・井上嘉浩だった。教祖・麻原彰晃(本名・松本智津夫)を狂信し、教団の非合法活動の全てを取り仕切っていたキーパーソンだ。

 

すでに地下鉄サリン事件など別の事件で逮捕され、捜査一課の取調べを受けていたのだが、続いて公安一課が教団東京総本部への自作自演火炎瓶事件と東京杉並区で起きた宗教学者宅爆弾事件で再逮捕することになっていた。そこで再び古川原が取調官に指名されたのだ。

だが、取り調べは出だしから難航した。古川原は最初、引き継ぎのために捜査一課の取り調べ担当の警部補を訪問した。この警部補は偶然にも、古川原の卒業配置(警察学校卒業後の初任地)である四谷警察署警邏係の後輩だった。

しかし、その刑事は古川原に対して「お見せできるのはこれだけしかありません」と「弁解録取書」一枚しか見せようとしないのである。

「そんなわけないだろう」と言っても、「いえこれだけなんです」としか答えない。

取調官が交替する場合には、「取り調べ状況報告書」などを引き継いで、後任者が取り調べをしやすいように配慮するのが常識である。しかし捜査一課の警部補は、一切情報を開示しようとはしなかった。なぜか。

刑事部と公安部の対立は根強い。その最大の原因は、連続企業爆破の捜査で、公安部の裏部隊が刑事部に何も伝えずに犯人を逮捕してしまったからだ(経緯は「シャバで最後の風呂をともに…テロリストと刑事が裸で交錯した瞬間」にも記した)。刑事部の怨念はずっと引き継がれている。古川原はその連続企業爆破事件の秘密部隊の主要メンバーであり、刑事たちから蛇蝎のごとく嫌われる存在だったのだ。