撮影:立木義浩
# AD special

シングルモルト初体験は「ラガヴーリン16年」だった

タリスカー・ゴールデンアワー第6回(前編)

提供:MHD

もともと出版社と印刷会社は切っても切れない仲である。なぜなら出版社は新聞社のように独自の印刷所を持っておらず、すべての出版物の印刷はアウトソーシングの形を取って、印刷所にお願いしているからである。

今回のゲスト津田一久さんは、大日本印刷に勤めている。わたしが長年勤めた集英社には関係なかったが、津田さんは、すぐ隣の小学館には出入りしていたそうである。ただし津田さんが所属するのは、出版物の印刷ではなく、商品のパッケージを専門とする「包装事業部」である。

わたしが集英社に入社したころの印刷会社は、全ビジネスの半分くらいが出版社の印刷物の仕事で成り立っていた。だが、出版不況が続くなか、その比率は驚くべきことに、10%未満に落ちてしまったそうだ。

いま印刷業界は別の世界を目指し大きく発展を続けている。

(構成:島地勝彦、撮影:立木義浩)

* * *

ボブ: では津田さん、最初はタリスカーのスパイシーハイボールで乾杯いたしましょう。スランジバー!

津田: スランジバー!

ヒノ: 津田さん、大日本印刷はその名の通り日本を代表する大企業ですが、社員は何人ぐらいいらっしゃるんですか?

津田: 公称3万数千人といわれています。とにかく図体だけはデカイです。

ボブ: 何十年勤めても全員の名前は絶対にわかりませんね。津田さんはいまおいくつなんですか?

津田: いつのまにか56歳になりました。

シマジ: 定年は60歳ですか?

津田: はい。60歳までは普通に働けて、65歳まで定年延長があるんですが、多分収入は半分以下になるでしょうね。

シマジ: それはまあ、どこの会社でもそういうものでしょう。でもそうなると、いままでこき使ってきた部下に今度は使われる立場になるんですよね。

津田: うちは上がったり下がったりがよくある会社ですから、それはもうなれました。最初はちょっと抵抗がありましたけど、いちいち気にしていても仕方ないですよね。組織なんですから。

シマジ: でも「エキスパート」という肩書きは格好いいですね。

津田: なんちゃって、ですけどね(笑)。

ヒノ: そろそろ本題に入りましょうか。津田さんがはじめてシングルモルトを飲まれたのは何歳の時だったんでしょう?

津田: それは、39歳の時でした。

シマジ: 39歳ですか。わりと晩学だったんですね。で、なにを飲まれたんですか?

津田: ラガヴーリン16年です。それまでもバーにはよく通っていたんですが、ウォッカ・マティーニばっかり飲んでいました。

ボブ: ジェームス・ボンド風に。

津田: ええ。で、よく行くバーの常連さんにいつもウイスキーをストレートで飲んでいる方がいまして、ある晩たまたまカウンターで隣り合わせになったんですね。そのとき、ぼくが「お強いんですね」と言うと、彼もぼくの飲み方をよくみていて「いつもショートカクテルばかり飲んでいるくせに、なに言っているんですか」と言われました(笑)。

そして今度は上から目線で、「もしかして、(ウイスキーを)ストレートで飲んだことないんですか?」と言われ、カチンときたのがきっかけです。それでマスターと彼が目配せをして、「この人、シングルモルトを飲んだことがないから、なにか飲ませてみよう」ということになり、最初の一杯に選んでくれたのが、ラガヴーリン16年でした。

ボブ: 素晴らしい選択ですね。

津田: それが39歳の時だったと思います。たしか2000年の春でした。

シマジ: 21世紀の到来とともに新しい世界にいざなわれたんですね。

津田: そうなんです。ぼくにとってはラガヴーリンがリトマス試験紙だったんですね。生まれてはじめてのシングルモルトがラガヴーリン16年だったんですから。

この強烈な個性を知らずしてシングルモルトを語れない
ラガヴーリン 16年(LAGAVULIN 16 YEARS)

アイラ島のラガヴーリン湾に面した、絵画のように美しい蒸留所で作られるシングルモルト。情熱的、スモーキー、豊かな香味で、多くの愛好家からアイラモルトの決定版と評価されています。