「北朝鮮危機」日本が全外交力を投入して実現すべき一つのこと

いまこそ、ガラパゴス平和論をこえて
篠田 英朗 プロフィール

交渉というオプションは存在するか

交渉の黄金律は、「相容れない目的」をこえた発想を提示して、双方が利益を得る「ウィン・ウィン」状態を作り出すことである。もし北朝鮮の目的が自国体制の維持であるとすれば、それは核開発に伴う「抑止」によってすでに相当程度に達成されたかもしれない。

相手が、現実に遂行されてしまった手段によって目的を達成しているのであれば、まだ達成できていない側は、「ウィン・ウィン」の提案をすることが難しい。「ウィン・ウィン」は、自らにとっての利益が大きく、相手にとっては譲歩だからだ。

北朝鮮に今、「体制保証」と引き換えの核放棄を迫っても、それは北朝鮮にとっては一方的な譲歩だ。なぜなら核の「抑止」によってすでに「体制保証」がなされたと信じているはずだからだ。その場合、核放棄は一方的な譲歩でしかない。交渉術の論理からすれば、北朝鮮が受け入れるはずはない提案である。

北朝鮮にとって相当に大幅な追加的な利益になるパッケージを用意するのでなければ、北朝鮮が交渉に応じることはないだろう。しかし、ほとんど奴隷的な政策を提示して交渉するのであれば、むしろ核放棄を合意させることの意味はない。

仮に核放棄を口約束しても、北朝鮮が誠実な査察受け入れを実施する見込みは乏しい。口約束がある場合ですら、北朝鮮が核兵器を維持し、核開発能力を維持し続ける恐れが強いと見ておかなければならない。実効性のある査察が見込めないのであれば、口約束だけを取り付けても、何の意味もない。

今や「体制保証」は、有効な交渉カードではない。北朝鮮との交渉を開始するのであれば、さらなる大幅な譲歩が必要になる。おそらく、実態として「体制保証」が確定する現実を作ること、つまりもはや体制転換が不可能である現実を作り出すという譲歩くらいでなければ、北朝鮮を交渉に引きずり出すことはできない。

 

具体的には、「在韓米軍の撤退」である。それに大規模な経済援助などを組み合わせることになる。韓国の同意が働かなければ実現しえないが、逆に同意があれば、援助負担の主体は、構造転換の行方とセットで検討されることになるだろう。

それは、韓国主導の朝鮮半島統一どころか、アメリカが韓国を「見捨てる」事態が生まれる、ということだ。それが同意によって進められるなら、むしろ中国・北朝鮮・韓国の政治経済グループの形成が進展されるだろう。

そして北東アジア大陸諸国グループと、日米が、新たな対峙関係に入る。漁夫の利を得るロシアには、双方がすり寄っていくことになる。

このようなアメリカ側の一方的な譲歩のシナリオは、まだ現実的な予想とは言えない。北朝鮮の核開発が、巨大な衝撃を放つ事件だとしても、アメリカが座して譲歩するだけの立場をとるとは考えにくい。

海外の論者に、北朝鮮問題は、アメリカにとっての「スエズ動乱」(イギリスの地位の低下を決定づけた事件)になると警告する者もいるが、少なくともアメリカは、率先して自らそのような事態を受け入れるほど劣勢に立たされているわけではない。

こうした愚かな交渉のリスクを避けるのであれば、北朝鮮優位に動いた現実の関係を、もう一度逆のベクトルに引き戻してから、交渉を開始するシナリオを描くしかない。

核兵器による抑止をこえて「体制転換」が現実の脅威となるような政治的・経済的脅威を、北朝鮮に対して作り出さなければならない。それが「異次元の制裁」と呼ぶべきものだろう。