2017.09.09
# ライフ

「沖縄が再び戦場となることを拒否する!」瀬長亀次郎、魂の誓い

【アメリカが最も恐れた男】最終回
佐古 忠彦 プロフィール

沖縄の日本復帰と、亀次郎と

1972年5月15日、那覇市の那覇市民会館と、東京の日本武道館の2ヵ所で、それぞれ沖縄の日本復帰記念式典が行なわれた。

沖縄は梅雨入りから4日目で、激しい雨に見舞われていたが、那覇市民会館隣の与儀公園では、復帰に激しく反対する集会さえ開かれていた。一方、政府主催の、日本武道館の式典では壇上の佐藤首相が感極まり、白いハンカチで涙を拭うシーンがあった。

「天皇陛下ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」

佐藤は万歳三唱で式典の最後を締めくくった。

 

しかし、その後の政治の姿は、佐藤が亀次郎に述べた言葉からは程遠い。返還後、本土並みに減るはずだった基地は、逆に増え在日米軍の施設の74%が沖縄に集中する時代が長く続いた。

2016年12月に北部訓練場の一部が返還され、70・6%(2017年5月15日現在)とわずかに減少したが、基地が沖縄に集中する構図は全く変わらない。普天間基地の返還条件が辺野古新基地建設であるように、北部訓練場の返還も、高江という小さな集落を取り囲むようにできた新たなヘリパッドの建設が条件だった。新たな機能を得てむしろ強化された施設を米軍は手に入れているのが実態だ。

亀次郎は80歳を迎えた1987年、政界引退を発表。その年12月に脳梗塞で倒れ、長い療養生活ののち、2001年10月、安らかに没した。

奥さんと二人で写る晩年の亀次郎

那覇市にある亀次郎の足跡を伝える資料館は、次女・千尋によって、

「不屈館 瀬長亀次郎と民衆資料」

と名づけられている。

(連載終わり。過去記事はこちらから→http://gendai.ismedia.jp/list/author/tadahikosako

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