自殺は「遺伝」するのか? 行動遺伝学者が導き出した答えは…

家庭環境の影響はほとんど、ない
安藤 寿康 プロフィール

家庭環境に自殺の原因はない

しかし、同じ遺伝子を持った人でも5人に4人は同じ悲劇的結果に帰結しないということは、自殺に至らせない非遺伝的要因、つまり環境要因があることもまた双生児データは語っている。

いってみれば、自殺に引きずりこませる遺伝的素因があったとしても、実際にはそこに至らないですむことのほうが多く、どこかで自殺を回避させる環境に引っかかっているのだ。それでは、その運命を分ける環境要因とは何か?

残念ながら双生児のこのデータからそれを特定することはできない。ただそれが家族全体で共有される環境の中にあるのか、それとも同じ家族でも一人ひとりに異なった環境の中にあるのかの区別をすることはできる。

二卵性双生児の一致率がたったの2/296(0.7%)だったことを思い出してほしい。もし『自殺論』を表した社会学の大御所デュルケームが考えたように自殺を誘発する家風が伝達していたとしたら、二卵性もそこそこの一致率を、一卵性ほどでないにせよ、示すはずだ。

 

しかし、それはほとんど無視できるほど小さい。ということは、環境要因の圧倒的多くは、同じ家庭で育ったきょうだいですら異なる、ひとりひとりに固有な環境の影響なのである。

これを行動遺伝学では「非共有環境」の影響という。これが家族でも類似すれば、「共有環境」の影響があったことになる。

すなわち同じように自殺に引き込まれやすい家庭環境、たとえば見るからに心が折れそうな日の当たらない陰湿な部屋、いつも口汚くののしりあう夫婦関係、借金取りに脅かされる日々などだ。

しかし行動遺伝学のデータは、一般にそのような環境の影響はほとんどないことを示している。

〔PHOTO〕iStock

遺伝の縦糸と環境の横糸が織り成す布生地

人間が社会の中で織り成す行動は、偶然と必然の網の目に浮かび上がる絵柄のようなものだと言った。これは言い換えれば、人生とは遺伝の縦糸と環境の横糸によって紡がれる布生地の絵柄のようなものだといってよい。

ただしこの比喩がやや不適切なのは、その絵柄は、あらかじめ与えられた見本どおりに紡がれていくのではなく、その時々に繰り出された遺伝と環境の糸の色柄の影響を互いに受けてそのつど作り直されていく、そのような生きた糸であることがうまく描かれないことだ。それでも遺伝の縦糸は比較的色のパターンが一定だが、環境の横糸はその色が状況によって変わってゆく。

自殺は人生の最も悲劇的な結末だが、それと正反対の生き方――幸福な経験に出会うことや、才能に気づき何かを成し遂げるために専心し続けることなど――に導くのも、やはり同じように遺伝と環境の糸でつむぐ生命の機織である。