自殺は「遺伝」するのか? 行動遺伝学者が導き出した答えは…

家庭環境の影響はほとんど、ない
安藤 寿康 プロフィール

どうすればある人が自殺したことが「遺伝」によるか否かを知ることができるか。遺伝子を解析しても「自殺遺伝子」などというものが見つかるわけではない。

きょうだいが次々と自殺したからといって――哲学者のヴィトゲンシュタインや作家の三浦哲郎は常にその「暗い血」におびえていた――、それは育った環境が彼らを死に追い詰めたのかもしれない。

環境とは別に、遺伝の影響の有無を知る手立てが、一卵性双生児を調べることである。

一卵性双生児は、読んで字のごとく、ひとつの受精卵が何らかの理由で二つに別れて、それぞれに個体として育ったものだ。だから遺伝的素質は等しい。

つまり一卵性の片割れが自殺した人の中で、もう一方も自殺してしまうという悲劇的なふたごがどれだけいるかを数えてみるのである。

とはいえ、一卵性双生児の出生率は1000出産中の4回、つまり0.4%(ただしいっぺんに二人生まれるから人数で言えば0.8%、つまりほぼ125人に一人が一卵性である。この割合は万国共通だ)で、その上、自殺する割合というのが――これは国によって異なるし男女差も大きいが――やや多めに見積もって10万人中30人(自殺率の高いといわれる日本人男性の割合がこのくらいだ)程度なので、一卵性で片方でも自殺してしまう人は10万人探して2人いるかいないかである。

そういう双生児を探し出すのは至難である。しかし、それをやるのがプロの行動遺伝学者である。そうした研究は1965年以降6つなされていて、自殺者のいる一卵性ペアは全部で168ケース見つかった。そのうち両方とも自殺していたケースは31であった。これは5分の1にも満たない。

これだけ見れば、自殺した人と遺伝子が同じ人間がもう一人いたとしても、そのうち5人に4人は自殺しない。それくらいなら遺伝による必然とか運命があるとはいえないと思うだろう。

さすがに偶然とはいえないまでも、きょうだいなのだから同じ不幸な家庭環境や社会的境遇を共有していたとすれば、そのくらいの割合でそろって自殺してしまっても不思議はなさそうだ。

 

一卵性は二卵性の27倍も自殺の一致率が高い

ところが同じ統計を、家庭環境や社会的境遇は同じように共有していながら、遺伝的にはふつうのきょうだいと同じ50%の遺伝子を共有するだけの二卵性双生児の場合と比較してみたとき、差が歴然とする。

自殺者のいる二卵性双生児は全部で294組見つかったが、そのうち双生児きょうだいがそろって自殺していたケースは、たったの2ペアだけだった。一卵性は二卵性のなんと27倍も、自殺の一致率が高いのだ。

これは明らかに自殺に遺伝要因がかかわっていることを意味する。もちろん遺伝子が同じでも自殺する確率は2割弱、残りの8割以上は偶然の環境による。しかも同じ環境で育った一卵性ですら、異なった環境のせいである。

行動に及ぼす遺伝の影響は、「遺伝」という言葉が連想させる運命的・決定的な雰囲気とは裏腹に、このようにえてして控えめなものである。しかしその影響は確実にその痕跡を双生児の類似性の中に残している。

しかも、その遺伝の影響は、あるときダイレクトに自殺行動へ引きずり込むのではなく、たとえばストレスフルなライフイベントに遭遇しやすくさせるパーソナリティ、問題解決のための知的能力、落ち込みやすさや衝動性など、人生のときどきで経験する出来事に影響を及ぼすさまざまな要因を通して、控えめに少しずつその人の人生を一定の方向――この場合は自殺――へと間接的に導くのだ。

実際これらの心理学的特徴には、それぞれ少なくない遺伝の影響が見出されており、しかもそれらが自殺を考えたり自殺未遂してしまったりすることに及ぼす遺伝の影響と同根にあることを、こんにちの行動遺伝学は示してくれている。