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あの頃の恋愛は、告白からは始まらなかった

1970年代の若者と空気【3】
堀井 憲一郎 プロフィール

お金を払って見るなら洋画

2本立ての映画を見るとき、適当なタイミングで入って、どうでもいい映画の後半を見て、次の目当てのをしっかり最初から最後まで見る。

ここで帰ることもあれば、時間があるときは再び最初の一本目を頭から見る。あ、このへんから見始めたな、というところまで来ると、同行の友人(ときには彼女)のほうを向き、このへんまで見たよなと無言でうなずきあって(あまり喋ってなかった気がする)、すっと出ていくということをやっていた。

それがふつうだった。映画をすごくよく見る人たちはそういうものだった(私は、映画好きだった両親に連れられて、こういう見方をふつうに習得していた。おそらく昭和20年代、30年代のふつうの映画の見方だったのだろう)。

そういう時代、あまりネタバレはうるさくなかった。マナーとして、この作品のラストは言わないほうがいい、という了解はあったが、みんなが守っていたわけではない。

私も、イージーライダーも明日に向って撃ても、最後どうなるのかは何となく知っていながら見ていた(でも、見る前にラストをいうなよお、というやりとりと友人としていた覚えもあるので、そのへんは綯交ぜではあった)。

当時はお金を払って見るなら、ぜったいに洋画だ、という時代だった。

そもそも、アメリカ国やフランス国やイギリス国という国は、何の前提もなく日本国よりも偉いとみんなおもっていた時代である。とうぜん映画も洋画が面白いに決まっている。

1950年代の黄金時代方式で量産している日本映画がどんどん落ち込んでいって、お金払って見るなら西洋の映画だ、という時代だったのだ。これは「犬神家の一族」で角川映画が出てくるまで、黒沢明作品を除き、ずっとそういう雰囲気だったとおもう。

 

日本で特異的に大ヒット

1970年から1972年にかけて見た映画のなかで、より印象的だった作品がある。

『小さな恋のメロディ』である。

小さな恋のメロディ

1971年のイギリスの映画だ。

1970年代の映画として、個人的にはとても印象深い。

イギリスの映画なので、アメリカン・ニューシネマの作品として触れられることはないが、私にとっては同じ系譜の作品におもえる。

少年と少女の恋物語である。1971年には私は中学二年生で、主演のマーク・レスターとトレイシー・ハイドとほぼ同年だった。つまり、中学生向けの映画でもあった。学校ですごく流行った。

見たか、見た見た、また見たいね、という盛り上がりのすえに、平日の夜にみんなで観に行くことになった。学校から帰って家で夕食を食べてから、再び街へ出て映画を見に行くという約束である。中学二年生にとっての大冒険だった。

しかしうちは親に許されず、見に行けなかった。ナカジマくんやクメくんは約束通りに夜に見に行っていた。冒険的映画行に参加できなかったことは、おもいだすだに、とても残念である。

主演女優のトレイシー・ハイドが人気だった。映画のなかで、彼女が教室や講堂や集会所で、振り返ってこちらを見つめてる表情に、惹きつけられた。(イギリスの学校の仕組みはよくわからなかったが、何だか魅力的だった)。

当時の映画雑誌(スクリーンやロードショー)でもずっと人気女優の上位にランクインしていた。写真を切り抜いて大事に持っていた。

のちに、この映画の異様なヒットや、トレイシー・ハイドの人気は、日本特有のものであり、本国イギリスではさほどではなかったと聞いても、あまり信じられなかった。いまだに少し信じていない。