若者がバイク旅するだけの映画『イージー・ライダー』に心震えた理由

1970年代の若者と空気【2】
堀井 憲一郎 プロフィール

衝撃のラストシーン

最後、田園地帯を走っているワイアットとビリーが、アメリカのドメスティックで決定的な悪意に出会ってしまう。

トラックを運転している地元の農夫が(農夫である描写も説明もないが、服装から見ていると農夫のじいさんである)、気に食わない長髪の若者が、気に食わない形のバイクに乗っているのを見て、ライフルで脅そうとする。地元に侵入してきたよそ者に対して、それが気に食わなかったら、それぐらいのことはやるのだろう。

挑発されたビリーは、指を立てて農夫を怒らせる。

農夫はライフルをぶっ放す。ビリーは倒れる。

また説明がないので、この地元の農夫はビリーを狙って撃ったのか、ただ脅かそうとしたものが当たってしまったのか、そのへんがわからない。

トラックの農夫たちは前を走っていたワイアットを追い抜いたあと、引き返そうと言い出すが、それは間違って撃ったから引き返すのか、もう一人ワイアットが残っていたから引き返すのか、そのへんもわからない。

ワイアットはバイクを降りてビリーに駆け寄り、ひどいことをしやがる、と言ってビリーに上着をかけ、自分のバイクに戻りそのトラックを追う。トラックは反転してこちらに向かってくる。

ワイアットがつっこむのかとおもったところで、再び農夫はライフルを打ち、ワイアットの乗っていたバイクが宙を舞って粉々に砕ける。炎上する。

そのシーンで映画は終わる。

中学生にとっては、この衝撃的なラストシーンしか覚えていない。

このシーンはたしかにインパクトがあった。何かしたわけではなく、脅されたので指を突き立てたら、二人とも撃ち殺された。その衝撃である。中学生だから、指をつき立てる意味もわかってなかった。

アメリカといえば、長髪の若者たちのヒッピー文化の国であり、若者たちによってベトナム反戦運動が全土で展開されているのかとおもいきや、アメリカでも、土着的な文化は彼らを受け入れてないというシーンがとてもショックだった。

 

アメリカは日本と違うということしかわからず、具体的にアメリカはどういう国なのか、まったく考えてもいなかった時代なのだ。1ドル360円の時代は、そういうものだった(『イージー・ライダー』公開の翌年1971年に1ドル360円時代が終わる。私が二番館で見たのはそのころだったとおもう)。

そのアメリカでも、若者や都市文化に対する土着的悪意があると知った。それは純粋に驚きだった。アメリカは別世界の高度で文化的な国だとおもっていたのに、そうでもないことを知って驚いたのだ。

このころ、ボブ・ディランが、ピーター・フォンダに対して、どうして最後、バイクはトラックに突っ込まなかったのだ、と言った、という話を聞いたが(僕が『イージー・ライダー』を見たというと、こういう話を知ってるかと洋楽好きのクラスの友人が教えてくれたんだったとおもう)、それは本当の話だかどうかわからない(僕にとってのニュースソースは中学の同級生だし)。ボブ・ディランの曲『イッツ・オールライト・マ』は作品の最後のほうで効果的に使われていた。

14歳から見れば、意味のわからない映画だった。でも、心地よい部分があり、心地悪い部分もあり(バッドトリップを追体験させられているかのような感じ)、物語はなく、ただ感情的に流れていくお話であり、そしてラストが衝撃的だった。

そういう映画である。

軽く作って新しい、というのは、この映画のことを指す。それでいてヒットした。製作費をあまりかけずに、興行収入をあげたのだ。

この作品のヒットによって、アメリカン・ニューシネマは俄然、注目された。しかしというか、だからこそ、ごくごく絞って言うならば、この作品だけが真のニューシネマだったと、私はおもう。