知られざる戦前「エロ本検閲」の実態〜検閲官はブラック労働だった

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辻田 真佐憲 プロフィール

医学書も場合によっては発禁処分

あるいは、もっと微妙な判断もみられた。

さきに述べたとおり、検閲基準では、出版物の目的や読者の範囲なども考慮された。そのため、美術書や医学書は、たとえ性器や生殖にかんする記述があっても、大目に見られた。ただ、それでも許されないケースもあった。

性科学者・羽太鋭治の『医学上より観察したる児童の性慾生活』はその例だ。医学をうたってはいるものの、「就中、男女生殖器の説明の如きは、本標題とは懸け離れて詳細に過ぎ、余りに実感を唆る嫌がある。加ふるに数多くの引例は卑猥にして、煽動的である」とされたのである。

では、どれぐらい酷かったのかと引用箇所を読むと、「陰唇は陰阜の移行部にあって、而して此の陰阜は恥骨縫際の前にありて、外皮より成り、陰毛密生し、其の皮下脂肪層は良く発達し、其の部頗る隆起してゐる」などと、淡々とした説明で、さほど卑猥とも思えない。

「余りに実感を唆る」とは、たんに検閲官の感想ではなかっただろうか。あるいは、著者の羽太鋭治が類書を多く出していたので、目をつけられたのかもしれない。

ただ、検閲官は同書の詳細な記述に強いこだわりがあったようで、そのあとも「大陰唇」「小陰唇」の箇所を長々と引用している。税金でこんな内部文書を作っていたのだから、いまでは笑い話である。

 

エロ規制は現在も困難

このように、あまたのエロ本(や美術書や医学書など)が、検閲官の判断によって発禁処分にされていった。

以上は風俗の壊乱について取り上げたが、安寧秩序の妨害ともなると、もっと強引な運用がなされた。危険思想を取り締まるために、検閲官も必死だったのである。

現在の日本国憲法では、検閲は明確に禁止されている。それでも、猥褻表現の規制は存在し、それをめぐってさまざまな議論がある。だが、その判断をあまりに公権力にゆだねてよいものか。今一度よく考えてみる必要がある。

なにより公権力側も、エロ本の滑稽な読解者として後世に名前を残したくはないだろう。エロ本のチェックで病気休職になるなど、個々の公務員としても御免こうむるはずだ。猥褻表現の是非は、民間の議論に任せたほうがよい。

1923年以降の検閲にかんする資料の多くが、戦災などで失われなかったことは幸いだった。表現規制が容易でないことは、堅苦しい思想書の取り締まりからだけではなく、ここで紹介した猥雑なエロ本の取り締まりからも明らかだからである。

文部省の研究