知られざる戦前「エロ本検閲」の実態〜検閲官はブラック労働だった

一日200冊をチェック…
辻田 真佐憲 プロフィール

検閲官は激務で休職者続出

ところで、この検閲官の仕事は、たいへんな激務だった。

風俗壊乱のチェックを担当する検閲官は、来る日も来る日も、エロ本を読み解くことになる。税金でエロ本三昧とはいいご身分と思うかもしれないが、実際はそんなに甘くなかった。

検閲官は、日本で発行されたあらゆる出版物を審査しなければならないのに、その人員はたいへん少なかった。図書課の課員は、1927年末で24名。予算倍増で増員された1928年末で61名だった。その後もなかなか100名を超えなかった。しかもこれは課員の数で、実際に検閲を担当するものはさらに少なかった。

そのため、ひとりあたりの負担はたいへん重かった。単純計算で、ひとりあたり1日で200種類以上(!)の出版物を見なければならず、つねに神経衰弱の病気休職者を出すほどだったという(1928年4月16日付の読売新聞)。現在と同じく、激務部署は、休職者を抱えざるをえなかったようだ。

〔PHOTO〕iStock

検閲官は公務員なので、山勘で仕事はできない。なにごとも根拠が求められる。検閲の場合、部外秘の検閲基準があり、それにもとづいて審査が行われた。

時期によって多少異なるが、1930年の検閲基準をみると、風俗壊乱については、(1)猥雑なる事項、(2)乱倫なる事項、(3)堕胎方法等を紹介する事項、(4)残忍なる事項、(5)遊里、魔窟等の紹介にして煽動的に亘り好奇心を挑発する事項が該当するとされた(一般的標準)。さらに細かい説明があるが、ここでは割愛する。

それに加え、出版物の目的や読者の範囲なども考慮された(特殊標準)。

 

とはいえ、具体的な出版物を前にすると、こうした簡単な検閲基準は当てはめにくい。表現者側も、発禁を回避しようと、伏せ字を使ったり、曖昧な表現を使ったりしてくる。

そこで検閲官は、一個の批評家とならざるをえなかった。風俗担当の検閲官は、日々エロ本を読んでいたので、もはやエロ本読解の達人だった。かれらは、エロ本を深く読み込み、解釈することで、発禁の可否を判断していったのである。

そのため、かれらの審査の眼から逃れることは容易ではなかった。