柳広司さんが「書き終えるまでは死ねない」と意気込んで書いた小説

なぜ『風神雷神』を書いたのか
柳 広司

満を持して持ち込んだが…

「あのね、ヤナギさん……だっけ? 誰も知らない人が書いた、誰も知らない絵師の小説を、いったい誰が読むわけ?」

「…………」

「でしょ。そんな夢みたいな話じゃなくて、次はもっと読者を惹きつける現実を書いてきてよ。次があればだけど」

最後の台詞は実際は言わなかったかもしれないが、こちらとしては言われたも同然で、奥歯をかみしめながら席を立った覚えがある。

 

世紀が変わり、時は流れて、今度は3年ほど前の話だ。

その間、俵屋宗達に関する学術研究が進み、「琳派の祖」として彼の名は人口に広く膾炙するようになった。また柳広司の名前も小説家として世間で少しは認知されるようになった。

よし、いまならば、と満を持して企画を持ち込んだ最初の出版社では、しかし、あっさり断られた。正直驚いたが、どうやら柳広司の知名度は思っていたほどではなかったらしいと現実を真摯に受け止め、売り先を探して歩き、最終的に講談社で引き受けてもらえることになった。

足かけ3年。他の仕事はすべて断り、本書の執筆に専念した。いままでの作品の中で、間違いなく一番心血を注いで書いた小説だ。

作家の苦労など知らない、という意見もあり、読者としては至極まっとうな態度だが、作者がどれほど面白がって書いたかが作品の面白さに比例するのも事実だ。本作品を書いている間、私は幸せだった。「この小説を書き上げるまでは絶対に死なない」と毎日自分に言いきかせていた。

デビュー前から「15のアホンダラ高校生だった自分と、50のアホンダラオヤジになっているであろう自分の両方が面白く読める小説が書きたい」と周囲に言い続けてきた。

本書の出版直後に私は満50歳になる。その後、自分が何を書いていくのか、今のところさっぱりわかっていない。

なんとか間に合った。

風神雷神』を書き上げて、それがいま、正直な感想だ。

読書人の雑誌「本」2017年9月号より