睡眠時間を削ると「オカしくなる」は本当か?

眠りをインスピレーションに利用したダリ
櫻井 武 プロフィール

それにしても、「記憶の固執」にみられる時計が過去・現在・未来を示すものだとすれば、ダリの洞察力に感心せざるを得ない。私たちが過去から現在までシームレスに流れる時を意識できているのは、“記憶”があるからだ。もし仮に私たちの脳が一瞬しか記憶を保持できなかったら、人生は細切れの断片になってしまうだろう。そして、その記憶をきちんとしたものとして保持し、正気を保つためには「眠り」が必要なのだ。

「記憶の固執」というタイトル、時間の流れを表す4つの時計、それらが溶けたかのような空間の歪みから感じる非現実感、そして(ダリ自身の自画像といわれる)「眠っている」謎の生物を配したこの作品は、記憶や睡眠の研究をする私にとっても含蓄に富む、不思議な魅力溢れるものになっている。

 

さて、意識や行動、意欲、依存などはもとより恋愛、情熱、情欲、嫉妬、焦りの感情や信仰心、道徳など、すべての精神機能は脳内の神経回路がもつメカニズムによって生み出されるものであり、また、環境に適応するための戦略である、とわれわれ神経科学者は考えている。

したがって、こうしたすべての脳機能は、研究がすすめば、どのような機構で起こっているのか、そして、どうしてその機能が必要になるのかが明らかにできると思っている。当然、睡眠という脳機能にも明確な合目的性があり、睡眠を制御するメカニズムが存在するはずだ。

私が2010年に上梓した『睡眠の科学』(ブルーバックス)は、「睡眠」に関して、その神経科学的なメカニズムや役割などについてその時点でわかっていたことを記載したものである。「睡眠」という脳の機能に対して、科学的な探究心をもっている方たちに手に取っていただけることを念頭においていた。

7年近い時がすぎ、その間にさまざまな研究手法の発展があり、それによって解明された新たな事項を加筆する必要が出てきた。当時、予想していたいくつかの事柄のなかで、現実となったものもある。

今回の『睡眠の科学・改訂新版』は、こうした目的から加筆修正したものだ。ダリは「記憶の固執」の改訂版として、1954年に「記憶の固執の崩壊」という作品を描いているが、私の改訂新版では、睡眠を「科学する」という姿勢は崩さないように心がけた。「睡眠の科学の崩壊」とならないように……。

睡眠の科学

読書人の雑誌「本」2017年9月号より