前原・民進党新代表で、小沢一郎の「政治生命」がひっそり終わる

このまま静かに消えていくのか…
現代ビジネス編集部 プロフィール

小沢氏は、2009年の衆院選で極秘に不破氏と接触。小沢氏の説得を受けた不破氏の「鶴の一声」で共産党は候補者を大幅に減らし、反自民票を民主党に集めて大勝に導き、政権交代を実現したという経緯がある。

当時、この2人を引き合わせたのは、衆院事務局職員の時代から不破氏と親交があった、小沢氏側近の平野貞夫元参院議員だと言われている。

 

この時、小沢氏は「共産党が候補者を大幅に絞ってくれれば、政権交代は必ず実現する」と大見得を切り、不破氏の説得に成功した。衆院選で本当にそれが実現したことから、以来不破氏は「小沢はたいしたものだ。有言実行で政権交代を実現してしまった」と小沢氏を高く評価するようになった。

その不破氏に、小沢氏が再び接触を始めたのは今から2年ほど前のこと。小沢氏が志位委員長との関係の深化に成功したのも、不破氏からの絶大なる信頼があってのことだ。

時流が味方しなかった

小沢氏は「共産党と候補者調整の話ができるのは自分しかいない」と各所で吹聴し、代表選に勝つと見込んだ前原氏にも「共産党との関係は私に任せてもらえれば大丈夫」と言い続けてきた。こうした小沢氏の自負そのものは、ある程度事実だろう。

ところが前原氏は、土壇場で共産党との選挙協力を見直すとともに、一方で手下の保守系議員たちが望む「日本ファーストの会」との協力関係構築を目指す考えに傾いている。小池新党の登場に関しては、これはもはや「時流が小沢氏に味方しなかった」としか言いようがない。

小泉純一郎元首相と同じ昭和17年生まれで、今年5月に75歳になった小沢氏。氏にとって、政治家人生の晩年になって築き上げた共産党との親密な関係は、再び政治の表舞台に立つための「最後の切り札」とも言えるものだった。だが、その道のりは極めて厳しいものになりつつある。

代表選の終盤、前原氏の側近からは、「小沢氏と一緒にことを進めれば、必ずその毒に侵されてしまう。やはり静かに消えてもらうしかない」との声も聞かれた。

既存野党の弱体化が限界に達し、「野党共闘」の夢が潰えるとともに、小沢氏の政治家としての寿命も尽きてしまうのだろうか。