「思想的内戦状態」に突入した、アメリカの悲鳴

日本にとっても他人ごとではない
川崎 大助 プロフィール

ヒルビリーの「真実」

ではここで、本稿で初めて「ヒルビリー」という語に触れたかたのために、その定義から書いてみよう。以下のようなポイントをざっと挙げることができる。

「アメリカにおいて、貧しく無学で田舎に住む白人/源流はアパラチア山脈の南側一帯、あるいはオザーク山脈/18世紀に移民してきたスコッチ・アイリッシュ(もしくはスコッツ・アイリッシュ)たちが始祖/あるいは、それに類するような『特殊な風習・価値観』に依って生きている、ときには未開の部族にも近いような『負け犬白人』たちの総称」

より詳しく知りたいかたは、昨年の11月、トランプ大統領誕生の直後に僕が現代ビジネスに書いた記事「日本人がまったく知らないアメリカの『負け犬白人』たち」をご覧いただきたい。

さて、同記事のなかでも書いたことなのだが、アメリカの大衆文化史のなかで、ヒルビリーとはつねに「外部の視点から」おもしろおかしく描写されるものだった。カリカチュアされ、笑われ、ときに異端視や怪物視され、消費されていくものだった。

 

そんなヒルビリーの文化史において、画期的な、真っ正面からの「カウンター」を放った一冊がある。それがJ.D. ヴァンス著の『ヒルビリー・エレジー』だった。2016年6月、アメリカのハーパー・プレス社から発行された本書は、特大のヒット作となった。

同書最大の特徴は、著者自らが「僕はヒルビリーだ」と宣言したところにある。親族も、先祖も、生まれ育った地域の周囲の人々もみんな「ヒルビリー」だったという彼が、見事イェール大学のロースクールを卒業、社会的成功者となるまでのその半生を振り返った回想記が『ヒルビリー・エレジー』だ。

読みどころはまず、嵐のように彼の身の上に降り掛かってくる苦難の数々。母親の薬物依存、家庭内不和からDV、アルコール依存含む酒がらみのトラブル、児童虐待、十代での妊娠、学校中退……つまり、これぞ「ヒルビリーの真実」を、内側にいた人物が活写した画期的な一冊だ! として大いに注目された。

大統領選が進んでいくにつれ、尻上がりに売り上げを伸ばしていって、2017年、ついに英語版だけで100万部を突破したという。

映画化も決定した。アカデミー・ウィナーの名匠ロン・ハワードが製作と監督をつとめるという。映画が成功すれば、これは大袈裟ではなく、同書は、アレックス・ヘイリー『ルーツ』のプア・ホワイト版だった、なんて後世語られるかもしれない。
と、そんなふうに成功した同書なのだが、興味ぶかいのは「その読者」が明らかに「ヒルビリー以外」と見なせそうなところ、なのだ。

同書の発行当初は保守系のメディアからの言及が主だったのだが、売り上げが急上昇したのはニューヨーク・タイムズに取り上げられてからだった。同紙のベストセラー・リストに30週以上連続でランク・インする、という快挙まで成し遂げてしまう。

鬱憤を晴らすためにある需要

つまり『ヒルビリー・エレジー』に手を伸ばした層の主力とは、「トランプ人気を支えている」側ではなく、「それについて知りたいと思う」側にこそいた。そして、「そんな人々」は100万人もいて、さらには、ハリウッド・メジャーが映画化したくなるほどの「マーケット」がその背後にはあった、ということだ。

このマーケットを仮に「外側の需要」と呼ぼう。日本にもこの需要はある。本年3月に光文社から発行された『ヒルビリー・エレジー』の日本語版は、すでに五刷を重ねているそうだ。前出の僕の「負け犬白人」記事も、100万PVを突破したと聞く。間違いなく、ここにはそれなりに厚い需要がある。

また、邦訳版はまだ未発売なれど、『ヒルビリー・エレジー』とほぼ同時期にアメリカで出版されたNancy Isenberg『White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America』も良質な歴史書だった。こちらもアメリカではヒットしている。

もうひとつのマーケットが「内側の需要」だ。つまり、ヒルビリーのインサイダー向け需要だ。もっとも、こちらとて本当のプア・ホワイト層だけが対象ではない。
顧客の本流は、イメージ的に、スピリット的に、ヒルビリーなりホワイト・トラッシュなりに感情移入し、同化したくなるような人々と言おうか。これまでつねに自分たちは抑圧され、「割りを食らわされて」いたという思い込みがある層の鬱憤を晴らすためにある需要だ

じつは、アメリカではここが急拡大している。その突端に、シャーロッツビルに集結した人種差別主義者が位置している。

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