世界中の製薬会社が次々と撤退「認知症の薬」はやっぱり作れないのか

25年間、数千億円かけても全部失敗
週刊現代 プロフィール

ソラネズマブの場合

アメリカのインディアナ州インディアナポリスにある同社の本社を訪れると、そこには大学のキャンパスのような広大な敷地が広がっている。芝生が敷き詰められたその本社から数分歩くと、同社の優秀な研究者が結集する「ビルディング88」という建物が見えてくる。

そのビルの扉を開け、奥深くに階段を下りていくと、「立ち入り厳禁」と書かれたドアが見える。中は、一部の研究者たちが「CAVE(洞窟)」と呼ぶ研究室。同社が新薬の研究開発を行うスペースだ。そこでの研究内容は完全なトップシークレットである。

リリー社は、こうした環境で25年以上にわたってアルツハイマーの根本治療薬の研究を進めてきた。研究が進む中、とくに強い期待をかけられたのがソラネズマブだ。

前述したとおり、これまでの認知症薬は、その原因はともかく、症状を対症療法的に「抑える」ものだったが、ソラネズマブは、別の機能を期待された。アルツハイマーの根本原因に作用し、病気の進行を止めることだ。

'00年頃からその研究が始まった。数百人が関わる基礎的な研究を経て、ソラネズマブは、当局への申請まであと一歩となる、臨床試験の「第3相試験」の段階に進んだ。

「我々は'12年、第3相試験の『エクスペディション2』と呼ばれる実験を行い、本筋の実験には失敗しましたが、その一部でポジティブな成果を得ました」(シーマース氏)

その実験では、認知症を抱えた患者に、ソラネズマブを投与した結果、軽度のアルツハイマー患者については、認知能力の低下を遅らせることができることが分かった。

「私たちは正しい方向を向いていると考え、'13年には、この結果をもとに、新たに実験『エクスペディション3』を開始した。

軽度のアルツハイマーを抱える2100人以上の患者のうち、半数にソラネズマブを投与。残りにはプラシーボ(偽薬)を入れ、認知テストを行いつつ、経過を18ヵ月間追うという内容です」

'16年3月には、リリー社が実験の主要な評価項目を変更すると発表しただけで、「実験失敗か」と考えた投資家が株を売り、同社の株価が8%下落する場面もあった。

同社バイスプレジデントのフィリス・フェレール氏は、「すでに研究メンバーは12月の休暇の旅行をキャンセルした。なるべく早く分析を終える」として、市場の鎮静化を図った。

それだけこの薬にかかっている期待は大きかった。

 

製薬会社の株価は急落

しかし、昨年11月。リリー社の「CAVE」内で、研究者がエクスペディション3の実験の数字を厳密に読み解いた結果、リリー社はソラネズマブ承認の申請を断念せざるを得なくなった。

「ソラネズマブを服用した人と、プラシーボを服用した人の認知機能の低下度合いを調べると、ソラネズマブを服用したほうが、認知機能低下の進行が遅れているというシグナルは得られました。

しかし、シグナルはあまりに小さく、患者に処方できるレベルではなかった」(シーマース氏)

シーマース氏は、「エクスペディション3から学ぶことは多い」とし、ソラネズマブの実験は終わったわけではなく、新たな実験にも挑戦していると言う。

だがその一方で、リリー社の株価は実験失敗直後に11%以上も下落。今年1月には、ソラネズマブの失敗を受けて、研究に関わっていた485人を解雇する予定だと発表している。これまで通りの研究が続けられるとは考えづらい。

ソラネズマブという「期待の星」の治験も失敗し、アルツハイマーの治療薬開発が困難に直面しているのは間違いない。