水攻めに中傷ビラ…アメリカが沖縄「抵抗の象徴」に仕掛けた政治工作

【ルポ・アメリカが最も恐れた男】④
佐古 忠彦 プロフィール

撒かれた中傷ビラ

亀次郎が出獄した年の12月、琉球政府主席の比嘉秀平が急死した。後任の主席には、当間重剛那覇市長が任命された。このため、空席となった那覇市長の椅子をめぐって、選挙が実施されることになった。

ムーア高等弁務官は、保守統一候補の擁立に躍起になったが、一本化は難航、結局、仲井間宗一、仲本為美の二人が立候補する保守分裂選挙となった。

一方の沖縄人民党は、瀬長亀次郎の擁立を決めた。亀次郎は、市長選を、「(土地収用を正当化する)プライス勧告を押し付ける勢力との対決である」と位置づけ、徹底して土地問題を争点とする。

この選挙戦のさなか、米軍による新たな土地の収用が発覚する。いま新基地建設で揺れる名護市である。

保革激突となった市長選を前に、辺野古は、まるで駆け込みのような形で米軍に接収された。

現在は米軍の「キャンプシュワブ」となり、日米両政府の合意によって岬を横切る形でV字滑走路の建設が予定されているが、当時の辺野古には建物一つなく、緑に覆われ、手つかずの自然が残る美しい岬だった。

 

アメリカはこの選挙戦中、亀次郎を徹底的に中傷するビラを撒く。

亀次郎の写真に、「共産党の手先」という文字と、共産党のマーク。ソ連の国旗と亀次郎を描いたビラもあった。 “レッテル貼り”と“印象操作”――どこかで聞いたような話だ。

アメリカが亀次郎を中傷する為に撒いたビラ

しかし、米軍の心理作戦は、一向に奏功しなかった。

亀次郎は、手ごたえを感じつつあった。投票日前日、12月24日の日記。

〈最後の演説会をもつ。雨がふっている。傘を用意していない聴衆は3時間じーとぬれねずみになってきている。なんという高い政治意識だろう。なんという辛抱強い抵抗だろう。もっと強くなろう、前進だ〉

白熱の市長選を制したのは、亀次郎だった――。