丸山ゴンザレス、シリア難民の街「リトル・ダマスカス」を歩く

クレイジージャーニー裏日記
丸山 ゴンザレス プロフィール

「シリアは美しい国なんだ」

これ以上彼に話を聞くことはできなかった。「ありがとう」と言って席に戻った。若者はさきほどの老人たちの注文をとりに行った。やりとりを見ていると常連らしい。

彼がヨーロッパではなくイスタンブールに定住する道を選んだことは、「言葉を覚えている」という話からもわかる。不慣れな仕事であっても職を得たということは、ここを第二の故郷にする覚悟があるのだろう。

リトルダマスカスのカフェ店内

しばらくして運ばれてきたコーヒーを飲みながら店内の様子を眺めていると、老人たちが若者のいれたコーヒーにあれこれ言っている。どうやら、「まだまだだな」とダメ出ししているような雰囲気。それでもギスギスした感じではなく、「もっと頑張れ」と激励しているように感じた。私は彼がいれてくれたコーヒーを飲み干すと、会計を済ませた。

確認のため「ここはリトル・ダマスカスだよね?」と、既に知っていることをあらためて聞いてみた。

「そうだけど……向かい側のお店はシリアの品物を扱っているよ」

なんとなく私がシリアに興味を持っていると思ったのだろうか。そんな情報をくれた。渡りに船とばかりに、カフェをあとにした私はそのまま道路を横切って小さな商店に入った。

店は雑居ビルの一階。ガラス越しにインスタントラーメンやトイレットペーパーなどの商品が積まれているのが見える。店の外にも大きな水のボトルなどが置かれている。イスタンブールのあちこちで見られる雑貨店とほぼ同じような感じである。

ビルのエントランスの空きスペースのような場所が店舗になっている。特別な感じがするわけではないが、カフェの店主の言葉を信じて入ってみることにした。店内というか入り口のところに30代ぐらいの髭面の男性がいた。その奥にはブルカ(イスラム教徒の女性が身につける衣装のこと)を身にまとった女性もいた。

いきなり話しかけるのはトラブルのもとになりそうだったので、まずは店内を物色することにした。インスタントラーメンのほかにお茶や石鹸、食品、雑貨類などが雑多に置いてあった。

 

ただ無言で店内を見て回るには限界があり、仕方なしに男性の方に声をかけた。

「向かいのカフェでシリアの商品を扱っているって聞いたんですが」
「ここにあるものは全部、シリアから来たものだよ」

店主が私の手近にあった石鹸を見る。“GREEN TREE”と書かれたパッケージに無骨な長方形が包まれている。シリア産なのだろう。商品説明にアラビア文字が使われていた。

「もしかして、あなたもシリアから?」
「そうです。シリアから来ました」
「いつごろですか?」
「2カ月前にね」
「最近ですね……」

それ以上の会話というか質問が出てこなかったこともあって、しばし我々の間に沈黙が生まれた。

「何が欲しいんだ?」

店主のほうが質問をしてきたので、私は以前から思っていたことを伝えてみた。

「僕はシリアが美しい国だっていろんな旅人から聞いていたんです。だからいつか行ってみたいと思っていて」
「そうか。シリアは美しい国だよ、本当に。いつか行けるといいな」

瞳が潤んで言葉に詰まる店主。私は店主に「ありがとう」と告げた。握手こそしなかったが、彼の目には失礼なことを聞いた私に対する敵意はなかった。

しばらく店内を眺めて立ち去ろうとすると、再び「ありがとう」と言って手を振ってくれた。奥さんらしき女性は最後まで表情を崩すことはなかった。ただ、私達の会話のあとから少しだけ悲しそうな表情になったような気がした。

実際の店主の写真

シリア難民の扱いは今後どうなっていくのか。彼らの現状を知ってしまうと、いやがうえにも気になってしまう。彼らに支援が必要なのは間違いないのだが、現状で必要なのは定住するためのサポートである。

各地でテロを繰り返しているが、ISが勢力的に弱体化しつつあるのは間違いない。内戦が沈静化して難民たちが戻れる状況が生まれるかもしれないが、現状を考えれば、内戦終結後のシリアはアサド政権主導になる可能性が高い。欧米のお墨付きを得たアサド政権がより強権的な姿勢を強くし、独裁色が強まるおそれもある。

果たしてそんなところに難民たちは帰るのだろうか。帰りたい故郷であっても、為政者により拒まれるかもしれない。

ヨーロッパに渡ることもシリアに戻ることも諦めて、新しい土地で苦労しながら生活を築きつつある人々がいる。2年前の欧州難民取材では、新しい土地で生きていくと語ってくれた人々の希望に満ちながらも、その不安な表情が印象的だった。一方、リトル・ダマスカスでは、この場所で生きていくんだという彼らの覚悟を感じた。