東北楽天監督・梨田昌孝の「弱くても勝つ」技術

名将が流儀を語る
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温厚で鳴る梨田だが、時折、コワモテの一面が顔をのぞかせる。

沖縄県・久米島。キャンプ初日のフリー打撃。2年目を迎えたオコエ瑠偉のパフォーマンスに注目が集まった。ところがオコエは精彩を欠き、指揮官の不信を買った。

「野球をナメている」

あえてオコエについて聞いてみた。

「昨年の暮れ、本人に言っていたんです。〝しっかりとやることをしていかないと置いていかれるよ〟と。〝まわりがチヤホヤしてくれるのも今のうちだよ〟と。まぁ言ってわかる人間とわからない人間がいるけどね……」

親の心子知らず、ということか。

オコエ瑠偉Photo by GettyImages

梨田野球の根幹をなす〝西本イズム〟について詳しく知る近鉄時代の後輩がいる。金村義明だ。ドラフト1位ルーキーの教育係を務めたのが、当時28歳の梨田だった。

金村は語る。

「1ヵ月半、スリッパを並べさせられたり、ミットを磨かされたり、徹底して〝教育〟されました。〝金村は生意気やからオレがしめたる〟と思っていたのかもしれませんね。

忘れられないのは阪急戦でのブーマーとの乱闘です。小野和義がヒザにぶつけ、ブーマーが怒り狂った。後ろから飛びかかったのが梨田さん。やさしそうに見えて、根は熱い人ですよ」

仰木近鉄のセットアッパーとして活躍した佐野慈紀も、最初のうちは「煙たい人やなァ」と思っていたという。

「梨田さんが作戦兼バッテリーコーチに就任されたのは'93年。当時の近鉄のピッチャーは個性派の集まりで、コーチのいうことにことごとく反発していた。

梨田さんは総合的なコーチという立場でしたから、選手の生活面にまで口出しする。夜遅くまで飲んだりすると〝そういうのはダメだ。気を抜くなよ〟としょっちゅう叱られましたよ」

厳しいだけの指導者ならどこにでもいる。ただし、佐野によれば梨田は一味違ったという。

「梨田さんは分け隔てなく怒る反面、反発するヤツの話も聞く。懐が深いんです。今になって〝コーチ時代はご迷惑をおかけしました〟と謝りたいくらいです(笑)」

 

色がないのが「梨田流」

梨田には西本とともにもうひとり影響を受けた人物がいる。西本の後を襲って'88年から近鉄の監督に就任した仰木だ。

仰木と言えば、〝マジック〟だが、そのタネに接したことが指導者としての幅を広げたとも言える。

佐々木は語る。

「僕は仰木さんの下で、2年間コーチをした。カリスマ的な指導者だった西本さんに対し、仰木さんはコーチ会議の場で、僕らに〝意見があったら言ってみろ〟という柔軟性があった。梨田君のコーチや選手に対する接し方を見ていると〝仰木さんに似ているなァ〟と思える部分があるよね」

梨田によれば若い選手に接することで、「日々、何か新しい発見をさせてもらっている」という。

「昔と今とは違います。今、僕は自分の子供より年下の選手たちと野球をやっていますが、僕のほうが今の野球に染まらないといけない部分もある。

たとえば〝ユニフォームの裾をあげなさい〟なんて僕は一切言いません。茶髪でも何でもいいから、とにかくチームが勝つために自分は何をする必要があるか。そのことだけを考えて野球をやってもらいたいんです」

先述したように'01年の近鉄、'09年の日本ハムはいずれも就任2年目のリーグ優勝だった。

最初の年にチームを把握し、2年目で勝負をかける。今年の楽天もそのパターンを踏襲している。

佐野の印象。

「1年目は前任者の残した遺産を見極める。そして2年目、それをどう生かすかを的確に判断する。梨田カラーというものはないんです。あえて言えば、それが梨田カラーでしょう」

カラーはナシダ。ある意味、無色ほど強力な色はない。過去に縛られず、型にとらわれない。この融通無碍こそが梨田野球の正体ではないか。

「選手にも言っています。〝オレは2年目で必ず優勝しているんだ〟って。今のところ、僕が言ったことに対し、皆騙されてついてきてくれていますよ(笑)」

3球団での優勝となれば三原脩、西本幸雄、星野仙一に次いで史上4人目。この秋、杜の都に2度目の歓喜は訪れるのか……。

「週刊現代」2017年9月2日号より