シャリなし寿司は健康的か? 「糖質制限が日本人を救う」への疑問

科学らしく見えるものの危うさ
磯野 真穂 プロフィール

結論から言おう。

いっけんきわめて冷静で論理的に見える氏の主張は、科学的とは言い難い。なぜならこの主張には科学論文の過剰な一般化が見られ、それをした結果、主張自体が非科学的になってしまっているからだ。

その行き過ぎた一般化が具体的にどのようであるかを示すため、ここでは、氏が同著のあとがきで再び強調する、【①エビデンスレベル1の研究での、日本人への糖質制限の有効性の確認】、および【②糖質摂取の少ない群での日本人の死亡率の低さの確認】について、その主張の根拠とされる論文に遡ってみたい。

 

言えることは糖尿病患者への6ヵ月の有効性のみ

まず、糖質制限の有効性が日本人に対して確認されたという主張①であるが、根拠となった研究に参加した被験者は24名の糖尿病患者であり、研究の期間は6ヵ月である[2]。

つまりこの研究から示唆されたことは、糖尿病患者に対する糖質制限食の6ヵ月間の有効性であり、日本人全般への有効性ではない。しかし著書の副題に「日本人を救う革命的食事法」とあることからわかるように、氏は、糖尿病の患者に対して行われた研究の結果をあたかも日本人全体のことであるかのように拡大してしまっている2

またこの研究一つで、すべての批判をシャットアウトできるかのような主張がなされていることも問題である。

いくらエビデンスレベルが高いと言っても、一つの研究からそれほど大きなことが言えるわけではない。どれだけ慎重にデザインされた研究であっても、その結果が偶然得られた可能性はぬぐいきれないからだ。

だからこそ現在の疫学統計では、その可能性を最大限小さくするためメタアナリシスという方法がとられる。これは類似した方法で行われた研究を複数集め、それらの結果を再統合して、どのようなことがいえるかを検証するやり方だ3

当然のことながら糖尿病でない日本人を対象にした糖質制限のメタアナリシスは行われていない。したがって研究一つで、糖尿病患者のみならず、日本人全体への有効性が証明されたと言い切ってしまう氏の解説は、いささか度が過ぎているといえるだろう4

1実際の本文は「この状況を受けて」から始まっている。「この状況」とは、アメリカ糖尿病学会の食事療法のガイドラインが変わり、糖質制限が糖尿病治療の第1選択肢の1つであるとされたにもかかわらず、日本ではそれが受け入れられなかった状況を指す。つまり初めは糖尿病に限った話がなされていたのだが、その部分はぼやかされ、さらにその話が、日本人に対しての観察研究の結果と結び付けられることにより、糖質制限の日本人全体への有効性が科学的に判明したかのようなレトリックができあがっている。

2一般人がおそらく最も気になる減量効果についてであるが、この研究においては糖質制限の方が、対照群であるカロリー制限より勝っていたという結果は得られていない。

3メタアナリシスが行われたからといって、その結果がすぐに信用できるとも限らない。統合の際に選ばれた論文の質が低ければ、メタアナリシスの結果の信頼性も落ちてしまう。

4もちろんメタアナリシスが行われず、一本の無作為比較試験が、ガイドラインにまで影響を及ぼすこともある。しかしそのような研究は参加国44ヵ国、参加施設数951、被験者2万人弱というよう超大規模な研究であり(例:Hart, 2013)[3]、参加者も参加施設も多様であるため、一般化できる可能性が大きい。対して氏が掲げる研究は単一施設で行われたものであり、一般化できる範囲はその分小さく、その一般化可能性は前者の研究と比較にならないことは言うまでもない。

「糖質摂取が少ないと死亡率も少ない」とも言い切れない

「糖質摂取が少ないと死亡率が低い」という主張②の根拠となった論文[4]にも同様のことが言える。

まずひとつに、死亡率が低いという結果は女性に限ってみられたものであり、男性にはみられていない。しかし氏は、この結果を日本人全体への有効性の確認という形で拡大してしまっている。

さらに「女性で糖質摂取が少ないと死亡率が低い」という主張すら、この論文からはしにくいことも注意したい。