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オウム事件で喫した痛恨のミス…いま明かす公安「尾行のイロハ」

ある公安警察官の遺言 第7回
竹内 明 プロフィール

忍耐のしどころで痛恨のミス

翌16日の朝、A子宅を出てきた中村に15名の追尾要員がついた。サラリーマンやカップル、学生など様々な日常に偽装した男女が入れ替わり立ち代り、中村を取り囲んだ状態で移動したのである。

大規模な尾行だったが、中村には警戒する様子はなかった。西武池袋線に乗った中村は池袋駅で降りて、駅前のマクドナルドに入った。

A子との待ち合わせは正午だから、金を受け取るまでの時間潰しだろう。古川原はこう考え、店の前を歩いて往復する「流し張り」をしながら待機するよう尾行チームに指示した。

たが、尾行対象の姿を確認できないと、捜査員の不安は募るものだ。

「もしかしたら、カゴ抜けしたかもしれません。店内に一人投入します」

直近の追尾を担当する捜査員が言った。「カゴ抜け」とは対象が店の裏口から出ていってしまうことだ。

「駄目だ。まだ入るな!」古川原は止めた。

ここは我慢。対象から一時的に、目を離す度胸も必要なのだ。だが、堪えきれぬ捜査員がいた。

「確認だけさせてください」

こういって、ひとりの捜査員がマクドナルドの店内に入った。しかし、これは尾行者の存在を確認するために、中村が仕掛けた罠だった。

 

中村はカウンター席でコーヒーを飲みながら、紙にペンを走らせていた。捜査員は背後を通り過ぎながら、中身を読み取ろうと紙をちらりと覗いた。

チューリップ柄の便箋になにやら手紙を書いている。このとき、一瞬の油断が生じた。中村は突然後ろを振り向いたのだ。

捜査員は咄嗟に顔を逸らしたが、わずかに視線が交錯してしまった。だが、中村は何事もなかったかのように、便箋に視線を戻した。

「警察がたくさんいるじゃない!」

報告を受けた古川原は再び上司に連絡を入れた。

「ヅかれた(気づかれた)可能性があります。ここはいったん脱尾して、白山駅から追いかけます」

公安部幹部は「脱尾」を許可しなかった。

正午過ぎ、中村は予定通り白山駅に到着した。改札口周辺には、駅員や清掃員に扮した張り込み要員が待ち構えていた。

中村は改札口の外で友人から50万円を受け取り、別れを告げて、ホームに向かった

乗客に扮した追尾要員が同じ方向に動いたそのとき、中村が突然Uターンして、見送っていた友人のもとに駆け戻った。

「私は尾行されている。周りに警察官らしい人がたくさんいるじゃない。なぜこんなことになったの!」

中村は泣いていた。親友に裏切られた。そんな涙だったという。古川原にとってはまさしく悪夢。尾行がバレた瞬間だった。

※文中の「中村琴美」は仮名。2012年7月に懲役1年2月の実刑判決が確定し、現在は刑期を終えている。

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