チェ・ゲバラは英雄じゃなかった? 終焉の地ボリビアで見た真実

騒いでいるのは外国人だけだった
池上 永一 プロフィール

ゲバラは本当に英雄だったのか?

そこでチェ・ゲバラが処刑されたイゲラ村に行くことにした。その村はさらに険しい山道を車で移動すること3時間の場所にある。

事前に日本で集めた参考資料のなかにソダーバーグ監督の『チェ』があり、私はこれを観ていた。確かラストシーンは砂っぽい一本道に家屋が並んでいる村だ。それがイゲラ村ということなのだろう。

イゲラ村はアンデスの尾根沿いにある極めて小さな村だ。それは日本の自治体の基準でいうと「廃村」と断言してよいレベルの村である。山頂には覚えているだけで数棟の家屋があり、そのうちの大きな建物の二つは学校とゲバラ資料館だ。校庭には洗濯物が干されていて、出会った人は老婆とその孫と犬だけである。彼らは校庭脇の階段にぼうっと座っているだけだった。

そして何より衝撃的だったのが、なけなしの駐車場前に設えられたゲバラの胸像である。高校の文化祭レベルの微妙にパースの狂った胸像は、見る者を不安にさせる。彩色はポスターカラー、材質はたぶん石膏だ。2、3日の催し物で撤収される品質のものでしかない。聖地巡礼のつもりで来た私は、いきなり背後から膝かっくんされたように崩れ落ちた。

終焉の地、イゲラ村にたてられたゲバラ像〔撮影・筆者〕

資料館は所謂、田舎の小学校の教室である。そこに児童が座る小さな木製の椅子があり、このおもちゃのような椅子に座らされてゲバラは簡易裁判にかけられた後、処刑されたという。厳かさもドラマ性も皆無な最期だと冷淡に告げられていた。

ソダーバーグも当然このイゲラ村をロケハンしたはずだ。そしてあまりにお粗末な最期に頭を抱えたことだろう。イゲラ村は極端に狭いために映画的な画角が取れないのだ。たとえるなら富士山の山頂でラストシーンを撮るようなものだ。

 

果たして日本で愛されているチェ・ゲバラは一体何者なのだろう? 彼は本当に英雄だったのか? 本当にボリビア人を解放するために闘ったのか? それが民衆の願いだったのか? 納得できる言葉はひとつしかない。

フィデル・カストロとチェ・ゲバラフィデル・カストロ(左)とゲバラ。キューバにて photo by gettyimages

即ち、ボリビア人はチェ・ゲバラなんてどうでもいいと思っている。

そう考えるといろんなことが腑に落ちた。

博物館のなかにいたゲバラは鏃や頭蓋骨と共に陳列されていた。ボリビアにとって彼は通りすがりの異邦人であり、現代ボリビア人と断絶した歴史の遺物にすぎない。世界的な著名人チェ・ゲバラが英雄でなければ、一体誰がボリビアの英雄だというのだ?

ところでボリビアは2005年から社会主義の国になった。しかし私たちの想像する社会主義とはかなり違う。どちらかというと民族主義のことであり、反米主義のことである。反米とは反グローバリズムと言い換えることができる。

では現大統領エボ・モラレスは英雄かというと、違う。彼はベネズエラのチャベス元大統領の模倣者で、低地のサンタクルス市では人気がない。彼は高山側の貧困対策のために、サンタクルス市の富を奪っている、と認識されている。

実はボリビア人にとって真の英雄とは、フリオ・テラサス・サンドバル枢機卿である。当時、2ヵ月後にローマ法王が来訪するのをオリンピック級のイベントとして心待ちにしていた。信仰熱心な我らのなかから神が枢機卿を選び出し、ローマ法王の御眼鏡に適ったことが誇らしいのだ。

イゲラ村の資料館で芳名帳を見つけた私はサインしがてら、誰がここを訪れたのか興味を持った。芳名帳を全ページ丁寧に漁ると、興味深いことがわかった。

書かれた住所は、ゲバラの故郷アルゼンチンがもっとも多く、続いて近隣の南米諸国が並ぶ。映画の影響からかアメリカ人の名も多く連ねられていた。意外にも多かったのが日本人で、私もそのなかのひとりである。地球の裏側からの立地を鑑みると芳名帳の上位10ヵ国に入っているのは、意外かもしれない。そして不思議なことにボリビア人の名前はほとんど見つからなかった。

──ゲバラで騒いでいるのは外国人だけ。

アンデスの冷たい季節風が、空耳のように呟きながら私の側を通り過ぎていった。

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