「名古屋のカネ持ち」は、結局どれくらい金持ちなのか

好景気の街で広がり続ける「格差」
週刊現代 プロフィール

愛知県といえば、トヨタ自動車のお膝元。名古屋の財界人の多くは、表向きはトヨタ車を愛用する。商売上、トヨタ自動車と何かしらの関係があり、他人の目を気にするからだ。名古屋財界は、周囲を気にする巨大な「ムラ社会」とも言える。

そんな街で、愛車フェラーリを駆って、国際レースにチャレンジする経営者がいる。屋外広告の制作を中心に、企業のビジュアルブランディングを手がける「アン・クリエーション」創業社長の本多秀朗氏(67歳)だ。

「フェラーリにはそれまでまったく興味がありませんでした。車はビジネスでお付き合いのある会社から購入していたので、国産車しか乗っていませんでした。

ところが3年前、試しに乗ってみたら、こんな素晴らしい車は他にないと思って、即購入したんです。フェラーリ・カリフォルニア。ただし、いかにもフェラーリという赤は目立ちすぎるから、渋いグレーを選びました。周囲の目を意識するのは、名古屋人だからかもしれません」(本多社長)

本多社長は生まれついての富豪ではない。むしろ叩き上げの人物だ。高校卒業後、石川島播磨重工業に入社。溶接の技能職として、技能オリンピックの予選に出場したこともある。

仕事は充実していたが、別の世界も見てみたいと退社し、22歳で屋外広告の会社に営業職で転職した。

「営業もこれからはデザインの知識が必要になると考え、夜学で2年間勉強しました。営業成績も上がりましたが、上司はデザインの重要性を理解してくれない。逆に余計なことをするなと叱られる。

しかし、取引先には喜ばれた。そこで、自分の考えを貫きたいと思って独立。26歳の時です。

事業自体は比較的順調で、10年後には自社ビルを購入しました。ただ、当時の悩みは人が定着しないこと。社員にも自分と同じものを求め、それができないと厳しく叱責したからです。

どんなに一生懸命育てても次々に辞めてしまう。このままでは自分一人になるかもしれないと思い詰めたこともありました」

 

無駄遣いは嫌い

そんな時、本多社長が出会ったのが、故郷・岡崎にある菩提寺の住職の言葉だった。曰く――、

「自分を貫くことも大事だが、人にはそれぞれ個性がある。その人のいい部分を見ることだ」

本多社長が続ける。

「今振り返ると、当たり前の話なのですが、当時はとても新鮮に感じました。一人では何もできないし、自分の信念を通すためにも協力してくれる人間が必要だと気づいてから、社員も徐々に定着するようになりました。

仕事で大事にしているのは、『ハッピートライアングル』という考え方です。近江商人の『三方よし』の考え方に通じます。

売り手よし、買い手よし、世間よしと同じで、自社にプラスで、取引先が満足するのは当然として、我々が提供した屋外広告を目にする多くの人に、必要なメッセージを送ることを目指しています」

堅実な生き方をする一方、金のしゃちほこを見上げて生きる名古屋人は、ブランド好きでも知られる。だが、実業家は総じて質素だ――本多社長はそう指摘する。

その理由はこうだ。

「名古屋の財界は東京に比べると小さい。悪い噂はすぐに広まります。逆に真面目にやっていれば、狭い世界だからそれも広まり、応援してくれる人も現れる。

名古屋ではどんな大企業の経営者でも遊びに必要以上のおカネはかけません。名古屋の財界人も付き合いは大切にしますが、(東京にあるような派手なクラブではなく)静かにお話ができれば、それで十分だと考える。それが名古屋ではないでしょうか。

名古屋人はブランド好きとも言われるし、そうした面を否定しませんが、実は一生ものと言えるような、いい物を買いたがるだけなのです。ブランド品を数多く持ちたい欲求はあまりないのではないでしょうか。

ただ、そんな私もバブルの時は痛い目に遭いました。不動産投資もしたし、3億円で11ヵ所のゴルフ会員権を買ったこともあります。当時は売り上げが5億円程度。馬鹿なことをしたと思いますが、当時は投資をするのがある意味で国策でしたから、それに乗り遅れないようにと思ったんですね。

バブル崩壊後、銀行に自社ビルを売却しろと迫られましたが、なんとか踏ん張れたのは、会社の財務を見ている妻の頑張りがあったから。今でも頭が上がりません」

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そんな妻だから、夫の趣味、カーレースにはいい顔をしなかった。世界中で年7戦行われるレースにかかる費用は、道楽の範囲で収まる金額ではない。しかも命がけだ。

「会社の年商はグループで約28億円。それなりの規模に育てた自負はありますが、自分の人生に100%満足している気がしない。そんな時、フェラーリ・チャレンジ・アジア・パシフィックというレースに出会ったんです。

ビジネスでも人生をかける場面はありましたが、命の危機に直面することはない。自分にしかできない、何か突き抜けることに挑戦したい。そこには今まで歩んできた人生とはまったく違うものがあるはず。格好をつけるようですが、それを見てみたかったんです」