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羽生善治「棋士になって30年、まさかこんなことになるとは…」

人工知能の現在と未来

ゆらぎを見極める

篠原 羽生さんご自身は、コンピュータ将棋とどう付き合っていますか?

羽生 私は日常的にはほとんど使っていないんです。正直なことを言えば、コンピュータをどう活用していけばいいのか、どこまで取り入れればいいのかは、まだまったく見えていません。

篠原 そうなんですね。ひらめく手は将棋ソフトが強くなるにつれて増えているんですか?

篠原弘道(NTT副社長・研究企画部門長)1978年日本電信電話公社入社。2003年NTTアクセスサービスシステム研究所長、2007年NTT情報流通基盤総合研究所長、2009年NTT取締役研究企画部門長などを経て、2014年6月より現職

羽生 発想の幅は間違いなく広がると思います。人間だったら最初から絶対に考えないような手を、コンピュータは示しますからね。中には100年考えてもこれは思いつかないだろうなという手もあります。

問題は、ある局面がどのくらいいいのか・悪いのか、その評価の部分が難しいんです。それはもちろん人間にも難しいんですけど、AIにとっても難しい。コンピュータが高く評価していても、私の目には全然そう見えないということもあります。

篠原 それは先ほどの美意識の問題ではないんですね?

羽生 はい、美意識ではありません。コンピュータが示した手も、やっぱり絶対ではないんですね。「水平線効果」と言って、あるところから先は評価の精度がガクンと落ちるということもあるので、それをどこまで信用したらいいのかは実はわからないんです。

局面の評価というのは絶対的な数字ではないので、このへんからこのへんまでは許容できるというゆらぎの部分を見極めていくことが、最近の棋士は求められているのかなと思っています。

私は棋士になって30年になるんですけど、まさかこんなことをやらなきゃいけない時代になるとは夢にも思いませんでした(笑)。昔はデータベースもインターネットもなくて、コピーしてきた棋譜を盤に並べて研究していたわけですから。

篠原 大変な時代になりましたね(笑)。

AIはいろんな可能性を提示してくれるけれども、その中から選ぶのは最後は人間です。AIによって人間の美意識もちょっとずつ変わっていくとおっしゃっていましたが、それでは一人一人の美意識がみんな同じところに収斂するかというと、そうではない。そこにはまだそれぞれの個性が残りますよね。

羽生 そうですね。結局、いまAIがやっていることというのは、確率的に前より良くしていくということであって、絶対的に正しいものではありません。そこはすごく大事なポイントだと思います。

これからAIが日々の暮らしの中に入ってきた時に、私たちはついつい、AIの出す答えが「正しい」と勘違いしやすいと思うんです。同じことを人間が言ったらおかしいと判断されるようなことも、AIが言うと正しいように思えてしまう。だから、そういう錯覚が起こらないように、いかに社会に導入していくかというのは問題になるでしょうね。

進化というプロセスを考えてみると、これが正しいという画一化が起きるのは明らかに「悪い道」なので、多様性をいかに確保していくかがとても大事になってくると思います。

篠原 人がいろんな判断を下す時に、自分の感情やエゴに左右されることはしばしばありますよね。それはその人の個性であって、良いとか悪いとかいう問題ではありません。

だから、本当に羽生さんのおっしゃるとおり、AIを使いながらもそれぞれの個性を伸ばして、「多面的な人間が多面的に行動する補助になる」というのが技術のあるべき姿でしょうね。