エリート家系でただ1人「学習障害」を抱え否定され続けた女の悲劇

育てられない母親たち⑤
石井 光太 プロフィール

母子の関係を解消した方が良いのか?

この事例からわかるように、沙耶はアイデンティティが薄く、常に人に流されるようなタイプだ。学習障害がきっかけで教育熱心な両親との関係が崩壊し、IQの低さもあってか人から利用されるような人生を歩んできた。そんな彼女にとって、貢ぎさえすれば一緒に暮らしてくれる暴力団員は、唯一つながっている人間なのだろう。

沙耶には育児の能力がない。だが、同時に赤ちゃんを心からかわいがっている。そのため、赤ちゃんを手放しながら、成長を見守るという選択をしたのだ。

 

ただ、赤ちゃんにとって、はたして沙耶の愛がよかったのかどうか。

沙耶が母子の関係を解消すれば、赤ちゃんは特別養子縁組で別の夫婦のもとで育つことができる。だが、彼女の愛情があるかぎり、赤ちゃんはずっと施設で暮らしながら沙耶だけでなく、暴力団員の父親とも関係を持たなくてはならない。小中学校になって親元に戻されることもあるかもしれない。それが長い目で見て、子供の人生にとっていいことなのかどうか。

photo by iStock

子供を手離すといっても、様々な形がある。完全に手が切れる場合もあれば、いい意味でも悪い意味でも、つながりを持ち続ける場合もあるのだ。

今の日本には、極度の虐待事案でないかぎり、児童相談所が親の意向を無視して子供との親子関係を一方的に切り離し、特別養子などに出すことはできない。欧米などに比べると、親の権利がまだまだ強いのだ。

いずれにせよ、沙耶の運命を決めたのは、学習障害だった。両親がこれを受け入れることができさえすれば、沙耶が糸の切れた凧のように夜の街をさまよい、欲望の蟻地獄に引きずり込まれずに済んだだろう。

そう考えると親の理解というのが子供ばかりでなく、孫にまで大きな影響を及ぼすことがわかる。

親がきちんとその子の特性を受け入れれば、学習障害を抱えていたとしてもその子にあった生き方ができる。だが、そうでなければ、子供は人生を踏み外し、さらに孫にまで大きな悪影響を与えてしまうことがあるのだ。

人はそれぞれ個性があるというが、親になるものは個性の認め方をしっかりと身に着ける必要があるだろう。

* 石井光太さん記事バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/kotaishi

「親子愛」という粉飾が家族を追い詰める