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日本人の「戦争反対」は、御霊信仰なのかもしれない

真夏に集中する戦争語りの意味
堀井 憲一郎 プロフィール

霊を慰められなくなったとき…

戦争体験者が少なくなってきたという、何らかのあせりは、リアルな体験談が聞けなくなるということもあるが、底のほうに、本当に魂を慰める語りのできる人がいなくなるという、一種独特のわが邦の土俗的宗教感情にもよるところも大きいとおもう。

たしかに、戦争で生き残った人もみんな死んでしまったら、無念に死んだ人たちの心を強く慰められる祈りができなくなる。

個人的な風景で言えば、大正14年生まれの私の母は92歳で存命であるが、6歳上の、国学院大学を早めに卒業させられて出征し死んだ兄のことを語り、手を合わせ、潸然として涙下るということがよくあり、私からみれば伯父にあたるその若者の残していった言葉は肉親であることを越えて心打たれるのであるが、しかし私がどれだけ手を合わせても、母の涙に比べてはるかに鎮撫する力が弱い。

昭和18年8月の盂蘭盆会で、地獄とつながると言われる珍皇寺にて、まだ少女だった母が出征前の兄に死んだあとのことを頼まれたらしいのだが、その風景をどれだけおもい浮かべようとも、私には伯父をしっかり鎮魂する力がないように感じる。

戦争反対は、だから鎮魂のための呪(まじな)いの言葉なのだ。

御霊(みたま)が安らかにならねば、怨霊(おんりょう)となり、人に祟る。

そうなってもらっては困る。「戦争反対」という語は、つまり「怨霊退散」と同じような意味を持つことになる。多くの人が唱和するほど効果がありそうだ。

ただ、本当に次に起こりくる戦争に反対するのなら、もっと理知的で戦略的で計画的であったほうがよく、感情に訴えるのはあまり意味がないとはおもうのだが、そこは考えてもしかたがないのだろう。

昭和の戦争を熱狂的に支持したのもまた感情によるものだった。どう見ても、戦争支持も反対も、同じトーンで語られている。国民の気質はあまり変わるものではないにしても、このつながりは不気味である。

戦争体験者の話を聞くことの主目的は、無念なる多くの死に対する鎮魂にあるのだと、いまの私はおもっている。戦争体験者が声を発しているかぎり、その鎮魂は続く。

ただ、多くの人が恐れているように、あの戦争の直接な体験者がいなくなり、霊を慰める直接の言葉が発せられなくなったときに、たしかに現世も変わっていくだろう。その日は必ずやってくる。

その世上を恐れている心持ちは、直観的にきわめて鋭い気がする。

いつだって大変な時代