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日本人の「戦争反対」は、御霊信仰なのかもしれない

真夏に集中する戦争語りの意味
堀井 憲一郎 プロフィール

消された開戦前後の「気分」

あきらかに日本が劣勢だとわかる戦争末期はともかく、それまではいちおう日本人は「戦争に勝とう」としていた。

敗戦後、そういう空気もなかったようにされたが、調べれば対米英開戦時の国民の高揚ぶりはきちんと記録されている。

国民の多くは「戦争に勝とう」としていたわけだし、自分のできる範囲で「戦争に勝つための協力はする」と決意もしていた。

あたりまえのことだ。

積極的に支持してる人ばかりではなかっただろうが、しかし、まったく支持してない人もあまりいなかったはずである。

そもそも開戦はつねに外地で行われ、内地の人間にはいつも他人事感が漂っていた。それに国民のほとんどが「わが日本の軍隊は強い」とわりと本当に信じていたのだ。それは間違いがない。

自分の国の軍隊は強いと信じており、その軍隊が外地で戦争を始めたのなら(戦火が自分の生活に及ばないのと信じているなら)「この戦争に勝とう」と考えるのはきわめて正常な思考である。多くの国民がそうおもっていた。

言い方を換えれば、勝てば戦火は生活に及ばないが、負ければ及んでくるのだから、どっちがいいかと聞かれれば、それは勝つほうを支持するに決まっているわけだ。

それが敗戦後、まったくそのことが伝えられなかった。

戦争を支持していたという告白は、ほとんどの場合「いまでこそ私は正しい思想に目覚め、戦争はいけないことだと知っていますが、そのころの私は間違っていたので、戦争を支持しておりました」という文脈でしか発言されない。

落ち着いて考えると、これはこれで凄まじいまでの言論統制である。戦争中の思想統制と左右が入れ替わっているだけだ。

 

いま戦後70年を越えて、本当に「戦争反対」を訴えたいのなら、戦争末期の敗けていく状況ばかりでなく、それよりももっと、開戦前後の戦争を支持する気分を伝えたほうがいいとおもう。絶対にそうである。でも、その気分はあまり拾われることはない。なぜ拾われないかという説明さえされない。

ときに「アメリカ軍に占領される前に、すでに戦争中は別の魔物によって日本中枢は占領されていたのだ」、という軽い中二病のような考えを聞くことがあるが、責任を持って社会に参加している人間であるなら(税金はきちんと払い、また選挙でちゃんと投票するレベルの人であるかぎり)、そんなことをおもってはいけない。当時もまともな大人はそんなことを考えていなかったはずだ。

ただ、敗戦後、彼らは(戦時中のまともな大人は)まず発言しなかった。発言できる空気でもなかった。

別の魔物とは、それは私自身のなかにあるものだ、と誰もきちんと言わなかった。そのへんの歯切れの悪さが、いろんなものを思考停止のままにしてしまったとおもう。

かつての子供たちによる(いまの70代80代の証言者による)「日常生活の場でも殺されるから、戦争はいけない」という主張は、申し訳ないが、あまり意味がない。

「日常生活の場で殺される」のは戦争とは関係なく誰だっていやだからだ。そこには「戦争」という特殊性が織り込まれていない。

一般市民(非戦闘民)の理不尽な死をもたらすものとして戦争を反対するかぎり、「一般市民の理不尽な死をもたらすことの少ない戦争」を反対する根拠がなくなってしまう。それではただ「理不尽に死ぬのはいやだ」と言ってるにすぎない。

しかし、そんなことはかつての少年少女であろうと、大人になっているのだから、当人たちも無理筋の主張だとはわかってるはずだ。でも、そう言われ続ける。彼ら彼女らは、論理を越えて、感情を揺さぶろうと語っている。