沖縄の祖国復帰を叫んだ瀬長亀次郎が、逮捕されるまで

【ルポ・アメリカが最も恐れた男】③

何の罪もない一般人が、米兵の理不尽な暴力によって苦しめられた戦後の沖縄。虐げられる民衆を救おうと、瀬長亀次郎は政治活動に身を投じ、米軍による沖縄の信託統治に強硬に反対する沖縄人民党の党首となった。そんな中、亀次郎は那覇警察に逮捕されてしまう。世にいう「人民党事件」である。

(前回までの記事はこちらから→http://gendai.ismedia.jp/list/author/tadahikosako

 

人民党事件、勃発

1954年10月6日午後6時半、数台の車両が亀次郎の自宅前に急停止した。亀次郎の家は、「まちやぐゎー」といって、日用品などを売る小さな商店を営んでいる。妻のフミが表へ出ると、パトカー3台、アメリカの車が2台、合計5台が停まっていた。

「きましたよー」

妻のフミが声をかける。気配を感じていた亀次郎は落ち着いた表情で、家族に語りかけた。

「おかあさんたちは別の部屋に移ってください。なんでもありませんから、心配しないで」

その亀次郎に逮捕状が示され、連行を求められた。

「おい、君たちは常識はあるのか。営業の邪魔になるからパトカーを片付けなさい。おれはまだ顔も洗ってない。飯も食ってない。いま立法院から帰ったばかりだ。洗面し、夕食をとるまで待っておれ」

「いいでしょう」

亀次郎は、落ち着かぬ夕食の時間を過ごした。

「心配してはいけませんよ、私行ってきますから」

家族にそういい残すと、パトカーに乗った。

連行先の那覇警察署玄関に入ったとたん、カメラのフラッシュが一斉にたかれた。ついに、抵抗の象徴的存在である瀬長亀次郎が逮捕されたのだ。容疑は、米軍の退去命令に従わなかった男を「かくまった」というもの。

実は、10月に入ってから、家の中に私服警官が入ってきて、亀次郎の机の中を捜索することもあった。どっかりと腰を下ろして、捜索の様子をじっと見守る亀次郎。その間、家の近くでパトカーが何台も待機していた。

一報を聞きつけて党員や支持者が、対応を協議した。

当面、抗議集会を開くことでまとまったが、その協議の最中に警察が踏み込んで、議長を務めていた真栄田が逮捕された。また抗議集会を知らせるポスターを電柱や家の壁に貼っていると、即座に逮捕された。現代なら、さしずめ「共謀罪」というところだろうか。

これが、いわゆる人民党事件である。

琉球新報は、亀次郎逮捕の様子をこう伝えている。

<逮捕がウワサされていた立法院議員瀬長亀次郎氏(46)=那覇市楚辺一区=軍判事ピーク少佐の発した逮捕状により六日午後六時半自宅で犯人隠匿幇助の疑いで那覇署に捕らえられた。

二台のパトロールカーに分乗した警官が自宅に乗りこんだときは丁度夕食後のイコイの一時、差し出された逮捕状にかるく一べつ、反抗もせずに早速服を着替えて連行されたという。……瀬長氏を留置した当日の那覇署は人民党員のテロ行為に備え、報道陣や部外者の出入りを固くとめ、武装警官百余名を動員してただならぬ徹夜の警戒ぶりだった。

一方一家の大黒柱を引き抜かれた人民党では瀬長氏の逮捕に対するレジスタンスとして“全県民に訴う七日午前九時那覇署前に結集し瀬長氏の即時釈放を要求しよう”とのビラ、ポスターを作成して瀬長氏救出の手をうったが、仕事の最中警官に踏み込まれて……>

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