「死体格差」死に方から見えてくる現代社会の問題点

私たちもいつ巻き込まれるかわからない
西尾 元 プロフィール

2013年の警察庁の資料によると、この年、警察が取り扱った死体の数は、169,047体(交通事故死は含まない)あり、そのうち犯罪死体は514体で、全体のわずか0.3%にすぎなかった。

犯罪による疑いのある死体の数20,339体を合わせても、全体の12%ほどにしかならない。残りの9割近くの死体は、犯罪とは関係のない、だが死因がわからなかった死体だったのだ。

私たちの法医学教室では、年間に約200〜300体の解剖を行っているが、このうち約4分の3は、実は犯罪に関係のない死体だ。

こうした死体をほぼ毎日のように解剖していると、死因をはっきりさせなければならないという点に集中するあまり、解剖台に運ばれてきた人たちの亡くなる前の社会背景について、思いを巡らす気持ちの余裕がこれまでなかった。

失業して朝から一日中お酒を飲む生活をしていた人が、部屋で亡くなっていた。解剖すると、死因は肝硬変による消化管出血だった。部屋で脳出血をおこしたときに、誰もおらず自分では救急車を呼ぶことができずに、そのまま凍死した男性もいた。

認知症の人が行方不明中に川の中で溺死したり、高齢者の二人暮らしで、介護している人が病気で亡くなったために、介護されていた人がそのまま亡くなったりといった現状を目の当たりにする。解剖していて、「なんとかならなかったのか」との思いは強い。

 

いつか巻き込まれるかもしれない

人が亡くなったときに「病死」と言い切れなかった場合、そのような死は、「異状死」と呼ばれ警察が検視することになっている。検視した遺体のうち、警察が解剖の必要があると判断した場合に、私たちが解剖することになる。

このように、私たちは警察からの依頼によって解剖を行っているので、原則的に、解剖結果を警察以外の人に漏らすことはできない。そのため、これまで、解剖の内容については、一般の方には一切口を閉ざしてきた。「法医学で仕事をする」とはそうしたものだと思ってきた。

今年3月に、縁があって、拙著『死体格差〜解剖台の上の「声なき声」より〜』(双葉社)を出版した。

実は、本の出版の話をもらったとき、日々解剖する死体に「格差」を意識したことはなかった。

しかし、調べてみると、私が解剖している遺体のおよそ50%は一人暮らし、約20%は生活保護受給者、約10%は自殺者であり、認知症の人は全体の5%を越えていた。しかも、こうした人たちの割合は年々増加傾向を示している。

解剖台の上に運ばれてくる人たちは、老いや孤独、貧困といった面で社会的に弱い立場におかれた人が多いことにあらためて気づかされた。

死は等しくすべての人におとずれるが、それぞれの死の状況には「格差」があるとしかいいようがない。

本では、私がこの20年にわたって、法医学教室で経験してきた解剖事例の中で、特に心に残っているもの、そしてその解剖をしたときに抱いた感情を素直に綴った。

医学的な内容も一般の人にわかるように易しく表現した。今の日本の中で実際にどのような異状な死がおこっているのか、法医学の現場からしかわからない現実を知ってもらいたいと思ったからだ。

世の中の人にとっては、「法医学」というと、自分とは関係のない別世界といった印象を持つ人も多い。法医学が犯罪死体を扱うという点からいえば、自分が犯罪に巻き込まれることが想像しがたいからなのかもしれない。

しかし、先にも書いたように、私たちが扱っている死体の多くは、実は犯罪とは関係がなく、死因がわからない死体なのだ。

一人暮らしや老老介護、失業や貧困といった今日の日本の社会が抱える様々の問題から、自分がいつそうした状況に巻き込まれて異状な死を迎えるのかわからない。