戦時中の株価を比較すれば、日米の「圧倒的な差」が見えてくる

この差はあまりに大きかった…
加谷 珪一 プロフィール

米英とも、戦中の株式市場は「平常運転」

戦争のもう一方の当事者である米国では、戦時中もいつも通りに株取引が行われていた。GM(ゼネラルモーターズ)など自動車メーカーの株価動向から、日本側はノルマンディー上陸作戦の実施を予測できたというエピソードが残っている。

株式市場を通じて日本側に情報が筒抜けになることが分かっていながら、米国は何も対策を打たなかったわけだが、それはなぜだろうか。

 

おそらく、市場の維持が極めて重要であることを米政府がよく理解していたことに加え、戦争遂行能力に余裕があり、そこまでする必要がなかったものと思われる。情報を必死に隠蔽し、株価の維持に血眼になっていた日本との差はあまりにも大きい。

戦時の米政府がそうしたように、株式市場は資本主義の血液であり、基本的に動きをとめてはいけないものなのである。

その点から考えると、株価の大幅な下落こそなかったとはいえ、終戦時に株式市場が機能を失っていたことを考えると、太平洋戦争は経済的にも日本の敗北だったといえるだろう。

また、日米の違いを比較して分かるのは、自由な市場運営を維持できる経済体力がなければ、戦争に勝つことなどできないという事実である。

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ちなみに、1853年に発生したクリミア戦争では、グローバルな資本市場を持たないロシアが戦費の調達に苦慮し、何と事実上の敵国である英国シティで国債を発行しようと試みている。つまり、英国は自国市場を敵国ロシアにも開放し、そこでの戦費調達を事実上黙認していたのである。

英国がそのような措置をとったのは、ロシアの資金調達を拒絶すればオープンな国際金融市場としての魅力が薄れ、ひいては自国の弱体化につながると考えたからだ。もちろん、英国にとって、戦費という最も重要な部分を握ったことは、ロシアに対して大きな交渉力を持つことにもつながった。

英国人は、豊かな経済やグローバルな資本市場の存在が、強力な軍隊に匹敵するパワーを持つことを知り尽くしていた。こんなところにも、英国が世界の支配者になれた理由を垣間見ることができる。

果たして今の日本人は、敵国と一触即発の事態となったとき、資本市場の力をフル活用し、総合力で相手を封じ込めるという高い次元の戦略を採用することができるだろうか。そうした度量も見識も、残念ながら今の政府からは感じられない。