結局のところ、「シリア内戦」は今どうなっているのか? 

「IS制圧で一安心」ではまったくない
末近 浩太 プロフィール

梯を外された反体制諸派

この悲劇の最大の犠牲者が無辜の一般市民であることは論を待たないが、「アラブの周辺諸国」や「その他の諸勢力」の思惑に直接的に翻弄されてきたのは、反体制諸派だろう。とりわけ、現在の「IS後」の新たな局面においては、完全に梯(はしご)を外されてしまった感がある。

シリアの反体制諸派は、よく知られているように、出自の違い(国内組か、国外組か)、イデオロギーの違い(世俗主義か、イスラーム主義か)、目標の違い(改革か、革命か)、方法の違い(政治か、軍事か)などから一枚岩にはほど遠く、離合集散を繰り返してきた。

それでもなお、紛争開始当初は、「反アサド」という共通の大義名分の下、サウジアラビア、カタル、トルコによる支援を享受していた。

しかし、紛争が複雑化・長期化したことに加え、ISの敗勢とアサドの優勢が顕著になったことで、これらの諸国からの支援は不安定なものとなった。各国が独自の思惑を振りかざし、足並みを乱すようになったのである。

トルコは、先述のように、今やシリアの民主化ではなく、「クルド人対策」に注力している。

サウジアラビアは、アル=カーイダ系のグループへの支援を継続していると見られているものの、その目的は、アサド政権の打倒でもISの殲滅でもなく、実質的に「イラン対策」の性格を帯びてきている。つまり、サウジアラビアは、反体制諸派の一部をシリアにおけるイランへのカウンターバランスの役割を担うものと見なすようになっている。

さらに、サウジアラビアは、2017年6月初めにはシリア紛争でともに反体制諸派を支援してきたカタルとの断交に踏み切ったが、その理由の1つとされたのが、同国のイランへの接近であった。

サウジアラビアがこうした「イラン対策」に乗り出した背景には、「共通の敵」を持つ米国との連携の強化があった。

 

トランプ大統領は、2017年5月のサウジアラビア訪問時に、「イスラーム過激主義」や「あらゆるテロ」と戦うことを謳うと同時に、イランを「テロ支援国家」と名指しで非難した。

ロシアが「テロとの戦い」の名目でISと反体制諸派を意図的に混同して標的としたのと同様に、米国もISとイランを同一視することで、中東におけるイランの影響力拡大の阻止を正当化しようとしたのである。

〔PHOTO〕gettyimages

さらなる「絶望」へ

冒頭の問いに戻ろう。

シリア紛争の「絶望」を象徴したISの敗勢は、何らかの「希望」へと繋がるのか。その答えをめぐっては、悲観的にならざるを得ない。

確かに、シリアでのISそれ自体の力は失われつつある。そして、アサド政権の「リバイバル」を歓迎するシリア人も少なからず存在する。

しかし、ISという「共通の敵」の存在感が徐々に失われつつあるなか、米国とロシアという大国、そして、周辺諸国は、自らの思惑を前面に押し出しながら、紛争への関与を再び強めている。

残念ながら、シリアという国の姿は、当のシリア人が置き去りにされたまま、諸外国の思惑がこれまで以上に作用するかたちで決められていく可能性が高い。

それは、政治的立場の違いにかかわらず、すべてのシリア人にとってのさらなる「絶望」を生み出すことにはならないだろうか。