京大卒無職男が作った、真逆の「おたくハウス」

「リア充」よりも幸せな生き方【後編】

多分、その頃の僕らが手当たり次第にいろんな人間を拾ってきていたのは、そういうイベントが自分たちにとって必要だったからだ。

何も変わったことが起こらない平和な毎日は息が詰まりそうだ。平穏な日常の中では僕らはただの使えないクズだけど、予想外の何かが起こればその前提がひっくり返るかもしれない。世間のいわゆる普通の人たちがなんとなく信じている常識を揺るがすようなできごとがもっと起こってくれないものだろうか。

そのために僕らは、僕らと同じような社会に適応できない人間を求めていた。世の中にはいろんなコンテンツが溢れているけれど、異常な人間ほどコンテンツとして面白いものはない。

 

「何? 何? 誰こいつ?」

普段死んだような目をしてぐだぐだと寝そべってる奴らが、トラブルが起きた途端に急に生き生きとし始める。何かが起きるたびに「対策本部」としてその事件専用のチャットルームが作られ、周りのトラブル好きの暇人たちが招集される。そのチャットルームで、ああでもないこうでもないと適当なことを、不謹慎なジョークを交えながら話している瞬間が一番楽しかった。

自分のテリトリーに人を誘い込む

「弱い者たちがお互い助け合って生きていく」なんていうフレーズがあるけれどあれは嘘だ。大体の場合は「助け合い」にはならず、助ける側の人間はずっと助ける側で、助けられる側の人間はずっと助けられる側だ。

だけど、それでまあいいのだと思う。助ける側がそれで損ばかりしているのかというとそうでもない。助ける側は助けることによって精神の安定を得たりとか、暇潰しになったりとか、何か得るものがあるから趣味で助けているのだ。

お金になるわけでもないのに僕がシェアハウスの世話人のようなことをずっとやっているのも同じだ。別に無私の心で善意でやってるんじゃない。「自分はここにいてもいいのだろうか」と不安にならずに居られる場所が欲しいから自分のためにやっているだけだ。

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僕は人と一対一で会って話すのが苦手だ。飲食店などのうるさい場所で人と話すのも苦手だ。お酒もそんなに飲めない。1時間か2時間か外に出ているとすぐに疲れてしまって部屋で寝転びたくなってくる。そんな自分が人と仲良くなるには、自分のシェアハウスというテリトリーを作ってそこに人を誘い込むというやり方しかうまくいかなかったのだ。

そんなことを何年もずっとやっていると、僕はもうシェアハウス以外でどうやって人と仲良くなればいいのかが分からなくなってしまった。この先ずっとこんな風に、よく分からないシェアハウスに変な人間を集め続けるという生き方を続けるのだろうか。死ぬまでずっと? できるかなあ。どうなんだろう。

家を出て街に遊ぶ。お金と仕事と家族がなくても、人生は続く。東京のすみっこに猫2匹と住まう京大卒、元ニートの生き方。