沖縄を熱狂させた、瀬長亀次郎「魂の演説」を聴け

【ルポ・アメリカが最も恐れた男】②
佐古 忠彦 プロフィール

米軍とマングース

終戦直後、アメリカ統治下の沖縄について、島袋善祐には鮮烈な記憶が残っている。

「これからは、民主主義です、もう戦争はありません、と偉い人は言うよ。でも、夜になれば、米兵が女を襲いに来るさね。へい、奥さん、姉さんと来るさ」

島袋は、毎晩のようにやって来る米兵から、どうやって母や姉を守るか、悩んでいた。思いついたのは、家の中で一番大事な床の間にのこぎりを入れて、床下に隠れ場所を造ることだった。

「ここをのこぎりで切ってね、おかあさんとお姉さんをそこに入れて、女はいませんと。玄関にも大きな靴を置いて、女はいませんと」

「男しかいない」と、いかに信じさせるか――それだけを考えた。

 

幸い、島袋一家はなんとか難を逃れたが、集落内では米兵による婦女暴行が相次いだ。沖縄では子どもが生まれると、隣近所が集り、お祝いする風習がある。

あるとき、集落内で、「絶対に来ないでくれ」と、来訪を拒否する家があった。生まれてきた赤ん坊は、家族の誰にも似ていなかった。褐色の肌。出産後に初めて、娘が黒人兵に暴行を受けていたことがわかった。大きなショックを受けた父は、集落の人々の祝福をかたくなに拒んだ。

「みんな言わないだけで、12名は米軍に襲われた。いつのことだったか、母と話していて、12名といったら、13名だといわれた。実は、ってお母さんが言う。あんたのおばさんも米軍に犯されたんだよ、と初めて聞いた」

常に身近に暴行の恐怖がついてまわる。それが、沖縄の戦後の始まりだった。

「米軍はマングースと一緒だ」と島袋は言う。マングースとは、沖縄に生息する毒蛇・ハブの天敵といわれ、ハブ退治のために沖縄に導入された外来種だが、招いたのは、悲惨な結末だった。ハブ退治より、むしろニワトリ、アヒルなど鳥類の敵となり、天然記念物ヤンバルクイナまで食い荒らした。

「良くするといって外から入ってきたが、結果は暴行するわ、ジェット機を落とすわ……マングースと一緒だ」

亀次郎が政治活動を始めたのは、こんな時代だった。

このころ、亀次郎自身も、ある現場に遭遇している。一人の女性が米兵に暴行されていた。傍らには、その夫がいた。妻を守ろうと必死に抵抗した夫は、しかし、その場で米兵に射殺されてしまった。

こんなことが、日常的に頻発していた。

(以下次号)