京大卒エリートが会社辞めてしばらくふらふらしてみた

「リア充」よりも幸せな生き方

お金より自分の時間の方が大切

そんな生活をしていると、たまに何かの間違いで会った真っ当ぽい人に、

「せっかく京大を出ているのにもったいない。いい服を着ていい車に乗っていい女を抱きたいというような、人並みの欲望は本当にないのか?」

などと言われることもあった。

そんな風に言われても、何を言っているのか全然ピンとこなかった。服には興味がないし車は嫌いだし、女性は嫌いじゃないけれど、それは別にお金があれば仲良くなれるというものでもない気がする。モテるかどうかって、もっと気遣いとかそういうところの問題じゃないだろうか。

 

そもそも、お金が欲しいと思うことが僕には昔からあまりなかった。そりゃあ生きていくには最低限のお金は必要だけど、必要以上にあってもしかたない。むしろお金より時間のほうが大切だった。

毎日通勤してフルタイムで働いてストレスを溜めながらそれなりのお金をもらうよりも、お金がなくても毎日好きな時間に起きてごろごろしながら本を読んだりネットを見たりしているほうがいい。そちらのほうが自分にとっては幸せだということに僕はあるときに気づいた。だから会社を辞めたのだ。

何が幸せかというのは人によって違うものだけど、世間や他人は自分の基準を無理矢理に押し付けてくるところがある。全く余計なお世話だ。僕はそういう意見を全く耳に入れないことにしていた。

「無職だと不安にならない? 自分が何者でもないような状態って心細くない?」

みたいなことを言われることもあったけど、これも意味がよくわからなかった。

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むしろ僕は働いているときのほうが不安だった。会社の仕事なんていう自分の本質と何の関係もないものに1日の大半の時間を使っている状態のほうが、自分が何者なのか分からなくなって苦しい感じがあった。自分はこんな人間じゃないんだ、こんなことをしたいんじゃないんだ、とずっと1日中思っていた。

それに比べると無職の状態は、全ての時間を自分の好きなように使えるから、これこそが自分だ、自分の人生だ、と思えた。

無職になったくらいで自分が何者でもないような気がする人は、自分が何が好きでどういう人間かということを、今まであまり考えてこなかったのではないだろうか。