病気って何?「大人の精神科医」が発達障害の概念を受け入れるまで

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堀 有伸 プロフィール

精神疾患の爆発的流行

世界の精神医学の動向に大きな影響を与えている書物に、アメリカ精神医学会が発行している『DSM(Diagnostic and Statistical Manual of mental disorders:精神障害の診断と統計マニュアル)』という本があり、最新版は2013年5月に発表された第5版である。

先の『DSM』第4版が作成されるに当たっては、診断基準を改定する作業が一部の専門家の意見のみを反映することにならないように、広く科学的な文献を確認し、その内容を精査した上で、作成された新しい障害の診断基準案を選ばれた施設で適切に施行した結果を確認し、その後に正式に決定するという手順が取られた。

第5版の作成においては、第4版の作成作業と比べて、今までの研究成果の集積であるデータを確認する作業が軽視され、その代わりに近年の神経科学や遺伝学の成果を取り込んだ上で精神障害の分類の「パラダイムシフトを行う」という目標が強調された。

この第5版について、『DSM』第4版の作成委員長であったアレン・フランセスが厳しい批判を行っている。その主張がまとめられた著作が『<正常>を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告(Saving Normal)』(2013年、講談社)である。

そもそもアレン・フランセスは、自身が関わった『DSM-4』においても、精神障害の「インフレ」――つまり疾患概念が拡大して「正常」とみなすことが可能な人々のことも病気と診断してしまう過剰診断のリスク――を、十分に防ぐことができなかったと振り返っている。

「精神疾患の爆発的流行は過去15年間に4度あった。小児の双極性障害(躁うつ病)は、信じがたいことに四〇倍に増えた。自閉症はなんと二〇倍に増えた。注意欠陥・多動性障害は三倍になった。成人の双極性障害は倍増した」(同書175・176ページ)という衝撃的な指摘がなされている。

 

この場合には、「今まで見落とされていた人々が、学問の進歩によって適切に発見されて治療を受けられるようになった」以外の要因も、想定されるのではないだろうか。

アレン・フランセスは、製薬会社の売り上げが増えたことを強い調子で批判し、その一方で精神療法の実践が十分に行われていないことについても注意を呼び掛けている。

そのような『DSM-4』の問題を踏まえるならば、『DSM-5』の作成はもっと堅実に行われるべきであったのに、そうはならなかった。

精神科医の側の、精神医学を大胆に改革したいという野心の強さが、その作成プロセスを不注意なものとしたという厳しい批判が行われている。

今後、『DSM-5』が実臨床にさらに浸透していった場合に、過剰診断が行われる可能性がある「病気」として、「精神疾患に変えられる癇癪」「病気になる年寄りの物忘れ」「精神病になる大食い」「『本日のおすすめ診断』になりかねない成人注意欠陥・多動性障害」「うつ病と混同される喪」「嗜癖(しへき)にされる熱中」「インターネット嗜癖」「精神疾患の誤ったレッテルを貼られる内科疾患」などのカテゴリーが挙げられている。