パリで出会ったアーティスト夫妻が、山奥の元保育園に移住したワケ

田舎暮らしで人生変わった【前編】
川内 有緒 プロフィール

古民家を探していたら

こんなフリーダムな2人が静かな山村に移住してきたのは、2011年のことだった。

「もちろん最初は保育園に住むつもりは全然なくって、古民家を探していた」とリンダさん。

幼い頃から絵や漫画を描いてきたという彼女は、将来は絵を描いて暮らしたいと考えていた。美大を卒業した後は、開演準備中の東京ディズニー・シーで壁画を描く仕事についた。そして同園のオープンを見届けると、渡仏し、パリの美術学校に入学した。

「絵を基礎から習いたいというより、どっぷりと絵が描ける環境にいきたかった」

 

その美術学校で出会ったのが今の夫、ガキさん。彼も同じくアーティストを目指していた。2人はパリで結婚し、現地でアトリエを構え、作品制作を続けた。

楽しいパリ生活も九年目に入った頃、2人は田舎に移り住むことを考えるようになったそうだ。その矢先に出会ったのが、岡山県美咲町だった。

「パリに住む友人の実家がここにあって、遊びにきたんです。棚田がすごくきれいで、バリ島にも似てるなあって思いました。お祭りもあるし、日本にもこんな神秘的なところがあったんだって感じて、住みたいなと思いました」

なかなかスムーズには借りられず

直感的に「ここだ!」と運命を感じた2人は、すぐに移住を決めた。せっかくならば棚田が見える古民家に住みたいと意見は一致した。

そんな折、「あそこ空いてるよ、2人にぴったりな気がする」と耳寄りな物件情報をくれた近隣の人がいた。

「あそこ」というのは、元保育園。

「最初は古民家がよかったし、もっと眺めがいいところがいいから、『少し考えてみます』と答えたんだけど、ガキが『やっぱり、あそこが気になるわ。誰か先に借りちゃったらどうしよう』って言い出して」

あれだけの広さがあればアトリエやヨガ教室の場所も確保できる。よし、あそこにしようと2人の心は決まった。

トリエは足の踏み場もない状態。photo by Ario Kawauchi

とはいえ、通常の不動産物件ではなく公共の施設なので、管理するのは美咲町役場。「お借りしたいです」と役所に足を運んだが、「スムーズに借りれたわけではなかった」とリンダさんは振り返る。

岡山県の中でも、山間に位置する美咲町大垪和地区は、少子高齢化が進む限界集落。耕作放棄地は年々増え、沿道の草刈りなども高齢の住人には重荷になっている。そういう集落に子育て世代の移住者がやってくるのは、本来ならば歓迎される。しかし、2人がこの間まで住んでいたのは花の都・パリで、職業はアーティスト。この辺りではまず見かけないタイプの人々の出現に、役場の人も戸惑ったのだろう。

「役所の人には、『わかりました。ただ、まずは村の地域の人に受け入れてもらってください、それからです』と言われました」(リンダさん)

ここで根を張って暮らしたい

仮住まいをしながら、2人は地元の地域おこしの会に顔を出た。

「ヨガとアートでこの町を元気にしたい」「保育園をきれいにして、この町の未来を考えるようなスペースにしたい」と話し、企画書も持参した。せっかくだから、この集落に貢献したいという気持ちがリンダさんたちにはあった。

しかし、地元の人のリアクションはまちまち。

「一部の人は『この都会もんが……』という感じで、初めはちょっと距離がありましたね。女性たちのほうはむしろ積極的で『がんばってやー! 街を元気にしてやー』って応援してくれました」

2人は、草刈りや農作業など、地域の人の手伝いをしながら、大垪和地区の区長が集まる会にも参加した。「ヨガとアート」「地域への貢献」という話をすると、区長の1人は「応援しますよ、積極的に進めていこう」と、自ら役場に話をしにいってくれた。見た目は少し変わっているかもしれないが、夫婦はここで根を張って暮らそうとしていることが地元の人々に伝わったのだ。

役場も「それならば、ぜひどうぞ」と納得し、家賃交渉という最終局面を迎えた。