日本人は戦争をどのように「消費」してきたか〜注目すべきある変化

72年間の「ポケットの中の戦争」
貞包 英之 プロフィール

小遣いの制度変革

戦後に年少時代を過ごした4305人を筆者が調査したところ、小学生5年時に小遣いをもらっていた児童が50年代なかばから60年代に増加を続ける(図2)。

とくに注目されるのは、小遣いが必要に応じたものから、定額制へと切り替えられていくことである。

たとえ親が裕福であっても、定額の小遣いをもらえない子は、何を買うかを親に委ねざるをえない。それゆえ親の歓心を買うことがそれまでの児童文化では最重要課題だったが、定額の小遣いをもらう子どもは、親を気にせず好きなものを買えるようになる。

それが貸本、週刊雑誌、TVアニメなど新たな子ども向けメディアの爆発につながった。子供の消費者化を踏まえ、1959年以後『週刊少年マガジン』や『週刊少年サンデー』などの週刊誌は成功を遂げ、テレビアニメの放送も玩具やプラモデルなどの子供向け市場の拡大と並行して発展していく。

戦記マンガも同じである。手にした購買力を頼りに、また子供部屋の一般化にも助けられ、子どもたちは親の目を盗み、タブー化されていた戦争表現に触れられるようになっていく。

この意味で戦争を描く日本のサブ・カルチャーは、自由な消費者となった子どもたちが最初に選び、熱狂したモードとして生まれたのであり、結果として同時代の子供向けメディアの拡大を牽引することにもなったのである。

 

戦争に反対する戦争

ただしそれをたんに復古的なブームとみなすことはできない。

たしかに小松崎茂の兵器画など、人的なかかわりでも、物語的にも、戦後の戦記物には戦前期と連続する部分がある。一方で、戦後の戦記物はそれに還元されないいくつかの特徴も持っていた。

最大の違いは、戦記マンガに「戦争への反対」と、「国家に対する否定」が拭いがたく刻まれていたことである。そもそも先の戦争を描けば、多くの死傷者を出す敗戦にたどり着く。単純にいってそのため戦後には、戦争やそれを起こした国家を肯定的に描くことがむずかしくなった。

ただしそれだけではなく、戦争に否定的であることを通して、戦記物が既存の文化やそれを支配する大人たちを批判したことがより重要になる。

たしかに戦記物である以上、主人公たちの活躍はかっこよく、成功したものとして描かれることが多い。ただし戦争が、だからといって肯定されるわけではない。

たとえば初期の戦記物、ヒモトタロウの『死の戦車隊』(曙出版、1959)では、シンガポール攻略戦の活躍が描かれた後、「このようにおおくのぎせいをはらったおろかな戦争をわれわれは二度とくりかえしてはならない」と最後に訴えられる。

それは明らかに唐突だが、単なるエクスキューズともいえない。大人たちの関わった戦争を否定すること。そしてだからこそ自分たちであれば、より勇敢に、賢く、そして道徳的に戦争を行えたと主張すること。大人を出し抜く少年兵の活躍をしばしば描くことで、戦記物は好戦的な活躍を奇妙にも反戦の主張につなげるのである。

反戦の主張は、さらに国家やそれが唱える正義の否定へといきつく。

子ども、または「消費者」のいわば無責任(イノセント)な立場から、戦争を遂行する国家が相対化されるのであり、そのことはたとえば60年代の戦記マンガの担い手になったちばてつやや松本零士、望月三起也、水木しげるなどの作品に色濃く表現されていた。

ある者は国家が自国民、敵国民問わず無意味な死を命じる事実を冷酷に描き、別の者は先の戦争を国家に縛られない誇り高き戦士たちがおこなうあるべき戦いへと「改ざん」したのである。

戦記物はこうして戦争のタブー化を乗り越えただけではなく、より根底的にはむしろ戦争を描くことを通して、国家の権利や根拠の解体にまでたどりつく。

注目されるのは、ちょうどその50年代から60年代にかけて、あらゆる戦争を悪とみなす傾向の拡大が各種の世論調査で確認されることである(『図説戦後世論史 (第2版)』NHK出版、1982年)。

戦記マンガは、自由な「消費」を追い風にそうした社会の変化に並走し、または少しだけ先行しながら、戦争やそれを支える国家の意味を問い直す一翼を担ったのである。