# 零戦 # 戦争

真珠湾攻撃「不時着したゼロ戦」が辿った哀しき運命

「ニイハウ島事件」をご存知ですか
将口 泰浩 プロフィール

そこは「禁断の島」だった

ハワイ諸島西端に位置するニイハウ島は1864年以降、ロビンソン家という一族が私的に所有する「禁断の島」である。いまでも許可なく立ち入ることはできない。ロビンソン家は通常はカウアイ島に居住し、ニイハウ島では現地のカナカ人が、カメハメハ王朝さながらの生活様式を保っている。公用語もカナカ語だ。

ハワイの地図ハワイの地図。青丸がホノルルにも近い真珠湾。オレンジの丸がニイハウ島(Photo by Getty Images、丸は編集部で追記)

西開地機が不時着した当時、その島には牧頭兼マネジャーとして日系2世の原田義雄=当時38歳=が暮らしていた。妻・梅乃は同じく日系2世で、山口出身だった。

原田は福島出身の父・菊代と母・ミエの間に生まれた10人兄弟の4番目として、カウアイ島で生まれている。父親の名が女性名なのは、原田家では代々、男の子が育たないと言われていたためだ。

零戦が降りてきたとき、島に1台だけしかなかったラジオは故障しており、島民はだれも日米開戦を知らなかったという。

 

ニイハウ島の牧場に胴体着陸し、失神状態だった西開地は、突然の来訪者に気を高ぶらせた島民たちに襲撃され、機内にあった拳銃や飛行暗号表、地図などの書類を奪われてしまう。

「書類を返せ」と英語と日本語で訴えるが、島民には通じず、徐々に雰囲気が険悪になっていく。その時、馬で現れた原田が「書類は取っても仕方がないから返せ」と島民を説得しようとした。だが島民たちは相手にせず、西開地は小屋に監禁されてしまう。