『1984年のUWF』の波紋と佐山聡の「恐るべき先見性」を語ろう

平野啓一郎×柳澤健【特別対談・前編】
現代ビジネス編集部 プロフィール

高田延彦の特殊性とは

柳澤 いつだろう? 新生UWFが誕生したのは、僕が週刊文春に配属された頃で、まあ、忙しくて、正直プロレスどころではなかった(苦笑)。ただ、エスエル出版会から出ていた一連のUWF関連本を読んではいたんですよ。鈴木邦男さんの本(『UWF革命 シューティングの彼方に』1988年)とか。その本を読んで、ああ、そういうことなんだな、と薄々思っていました。

平野 でも真剣勝負ではないという記述、あるいはそうにおわせる表現は、当時から少しはあったわけですね。とても興味深いです。そういう意味でいうと、高田延彦という人物については、やはり気になりますね。おそらく、彼の自伝(『泣き虫』金子達仁著、2003年)がそのことを明言した初めての本かもしれません。彼こそが証言者として最も相応しいはずなのに、『1984年のUWF』にも本人は登場しませんし、その他の取材でも、当時のことについて彼は一切の発言をしないわけでしょう。

柳澤 高田は言うべきことはすべて自伝で言い切った、と思っているんでしょうね。だからUWF関連の取材は一切受けないし、受ける必要もない。それについて語る理由がない。真剣勝負の格闘技についても「俺はやることはやった。それでいいんだ」、そう思っているはずです。

UWFについて語るとき、聴くとき、その表情は皆真剣になる

平野 高田さんはやはり、プロレスと格闘技をつなぐ象徴ですよね。僕は『1984U』の後に出版された『証言UWF』(『1984U』が話題になったことを受けて、その約4か月後に宝島社から刊行された)も読んだんですが、選手たちの口から「高田延彦が道場で一番強かった」という証言がたびたび出てきます。まあ、そういう一種の「伝説」では色んな人の名前が挙がりますが。高田さんがあの世代で、本当にガチの世界に行ったのは、自信があったんですかね?

柳澤 うーん……例えば、第1次UWFで佐山聡がシューティングレガースを導入したとき、タイガージムのインストラクターだった山ちゃん(山崎一夫)がそれを付けるのは当然としても、その次に装着したのは高田だった、という話があります。前田より早い。これは僕の憶測ですけど、高田は実戦というものに早くから目を向けていたんじゃないかと。

平野 『1984U』的なプロレスから格闘技へという流れの体現者ですよね。PRIDEも、彼がいなければ始まらなかったし、ブーイングされても総合のリングに上がり続けましたし。

柳澤 格闘技経験もない彼が、アントニオ猪木を神と崇めてプロレスに入って来て、道場で出会った藤原喜明の影響もあっただろうし、もちろん前田日明の影響もあった。それで懸命に強くなろうと努力して、結果として道場で一番強いと言われるまでになった。人望もあった。そこで、真剣勝負の他流試合に出た。そうしたらヒクソンには負けるし、ホイスにも負けるし、ミルコにも負けた。

平野 ボブチャンチンともやっていますね。

 

柳澤 「俺はそんなに強くないかもしれない」「でもこの世代のUWF選手の中で、俺は唯一真剣勝負の舞台に立ったんだ」という、ある種の晴れやかな気分があると思うんですよ、高田の中には。後ろめたさがない。自己弁護する必要もない。だから、彼はUWFを語らない。この先もUWFについて語ることはないでしょうね。

佐山と出会って感じたこと

平野 佐山聡さんについても、ぜひお話をしたいんです。僕が芥川賞をもらった翌年の2000年に、新潮社が格闘技のムック本を出版したんですよ(「DEAD OR ALIVE」)。柳澤さんが読んでくださったというあのムックです。表紙がビートたけしと桜庭和志。そのなかで、人気の格闘家と文化人や芸能人の対談を行うという特集企画がありまして、それで僕にも出演依頼があり、編集者さんから「誰と対談したいですか?」と訊かれたんです。

柳澤 2000年というと、ちょうど格闘技ブーム真っ最中ですよね。

平野 そうです。その編集者さんは、当時の人気選手の名前を出すと思っていたようなんですが、僕は「佐山聡さんと対談したいです」とリクエストしたんです。当時の佐山さんは、PRIDEの盛り上がりとか修斗からの離脱とかで、シーンの華やかな場所にはいなかったんですが、あの時点で格闘技を考える上では、絶対に話を聞くべきだと思ってました。まあ、昔からファンだったというのもあるんですが(笑)。

ちょうどUFOからも離れて、掣圏道(※佐山聡が始めた「市街地型実戦格闘技」)を始めた頃だったんですね。……背広型の道着が懐かしい。意図はわかりましたけど、「あの恰好はどうかな」とか思ったりはしました(笑)。

柳澤 ああ、ありましたね(笑)。

平野 佐山聡という人物には、「天才プロレスラー」という揺るぎない評価がある。これは誰も否定しないですね。では格闘家としての評価について考えると……キックボクシングのルールで戦ったマーク・コステロ戦(1977年)をもってそれを下すのは酷だなと思います。でも、その後は選手としてのキャリアは諦めてますからね。

柳澤 ちなみに、平野さんは現在の佐山聡をどう評価しているんですか?